2-12 大侯爵、出陣
『我が槍の錆になりたい者からかかってくるがいい!』
セツトはエリュテリオスのコックピットでその声を聞いた。
(レオン様、機兵の操縦苦手だったはずだよな……)
『セツト』
エルザが直通通信をしてきた。
『分かっていると思うけれど、お兄様の機兵の腕は壊滅的ですわ』
「やっぱりそうだよね。何やってんのあの人!?」
『帝国軍を混乱させようというのですわ。今お兄様が怪我をするだけでも大侯爵の失態になりますもの、ああしてみんな引きずられて動かされていくのですわ』
「こっちも混乱しているけどね?」
レオンハルトが実はこちらと通じているということは、ごく一部の者にしか共有されていない。それだけに、突然間に飛び込んでこようとするレオンハルト機に、解放戦線と海賊たちの間にも混乱が広がっていた。
『お兄様は、敵を大混乱させるためならば、味方を混乱させることも厭わないのよ』
(とんでもない人だな)
セツトはレオンハルトの本性に触れて戦慄した。
『放っておいたら落とされてしまいますわ。セツト、なんとかしてあげられない?』
「あーもう、しょうがないね!」
セツトはエリュテリオスの進路をレオンハルト機に向けた。
「テーセウ公爵の子、レオンハルトなる者よ! 我こそはサリアフェ解放戦線が誇る勇士セツトである! いざ尋常に勝負されたい!」
セツトはレオンハルトのノリに合わせて叫んだ。目的はこの機体がセツトの機体であること、すなわち『味方』だと知らせることである。
『おお勇士セツト。我が名を聞いて恐れぬとはあっぱれなり!』
レオンハルト機が槍を抜いた。
エリュテリオスは剣の一本を手に取った。
2機が交差した。
どちらも損傷を与えることはできなかった。そもそもセツトにその気はなかったし、レオンハルトの槍は避けるまでもなく空振りしていた。エリュテリオスは槍を受け流す振りをしてすれ違っただけである。
『なりません閣下ぁ!!』
そこへ15機の帝国機兵がエリュテリオスめがけてビームを撃ちながら突っ込んできた。
エリュテリオスはそれを難なくよけたが、その間に帝国機兵たちはレオンハルト機を囲うように護衛する陣形を作った。
『トルスト卿、これでは戦えぬではないか!』
『戦わないでください!』
『な、なんと。一騎打ちすら許されぬとはここは騎士の地獄か。帝国騎士の誇りは死んだ!』
『閣下そういうキャラじゃないでしょう!?』
『うんそうだよね。ここ怖いから早く戻ろう』
レオンハルトはしれっと豹変した。
トルスト卿が絶叫を漏らしそうになって飲み込んだ。
『ぐ、くっ。……今退却するのは危険です。味方と連携できるまでしばらくここでお守りします』
『うんうんそうだね』
どうやら茶番は終わったらしい。セツトは胸をなでおろして、本命に向き直った。
まとまりつつあった帝国軍の戦列は、レオンハルトの乱入でまた乱れていた。レオンハルトは帝国軍にとって守らなければならない最重要人物である。
(レオン様に巻き込まれてかわいそうに)
そう思いつつも、エリュテリオスのすべての剣を展開させた。
ここからは気合を入れていかなければならない。
「いくよ、ミツキ」
「イエス、マスター」
エリュテリオスが本気の機動を始めた。まだ帝国軍に戦列を整えさせるわけにはいかない。
帝国軍は奇襲を受けたにもかかわらずよく戦った。
ディートリヒは兵をよくまとめた。彼はレオンハルトが戦場中央に飛び込んでくるというアクシデントにも対応してみせ、解放戦線と戦いながらレオンハルトと合流し彼を後退させたのである。
だがその代償は小さくなかった。
解放戦線の機兵たちの攻撃によって、停泊していたスループ艦3隻が大破、フリゲートも1隻が相当の損傷を受けた。
そのうえいくつかの物資が入ったコンテナボックスまで奪われてしまったのである。
戦利品をもって引き上げていく解放戦線の機兵たちを、ディートリヒは追うことができなかった。基地の損傷を把握しなければならないこと、レオンハルトを基地に置いたままにはできないことがその理由である。もちろん連れていくことなど論外である。
「申し訳ありません、父上。奴らにいいようにやられました」
「私からもお詫びを。私が監査をしていなければ奴らに隙を見せることもなかったはずです。遠因は私の監査にもあります」
レオンハルトはディートリヒと共に、通信モニターの向こう側の大侯爵に頭を下げた。
『いい、勝敗は兵家の常と言うではないか。次勝てばよいのだ』
「はい父上」
『巡察使殿も、どうか武勇に逸らずにご自身の役職を意識しご自愛ください』
大侯爵はレオンハルトへのそれ以上の言及は避けた。いかにしおらしく頭を下げているとしてもこの男は皇帝の勅命を受けた巡察使である。防衛体制が固まるまで壁になるという理由に武勇を尊ぶ帝国貴族の姿勢として一応の合理性があることもあり、厳しい糾弾などできなかった。
『それで、巡察使殿はどうされる?』
大侯爵の問いかけに、レオンハルトはほほえみを返した。
「どうされる、とはこちらの言葉です。大侯爵閣下、このままでは私は陛下に対し大変重い報告を上げなければなりません」
『ふむ』
「大侯爵領内には大規模な反乱勢力がいるが、その勢力は騎士鎧のみならず、帝国の至宝レガリアさえ保有していると。大侯爵、あなたはどこの大貴族ともめているのですか?」
大侯爵とディートリヒが押し黙った。
騎士鎧を扱えるのは貴族のみ。レガリアを扱えるのは大貴族のみ。それが帝国の前提である以上、レオンハルトの指摘は的を射ていた。
レガリアに乗った事がある者なら、記録された戦闘映像を見ればそれがレガリアであることなど一目瞭然であった。
どこの大貴族とも揉めていないと真実を言えば、帝国の前提を覆す大事件があることになる。レガリアまで出てきたのは大侯爵にも事情が理解できないのだが、そんな言い訳が通る状況ではない。かといってどこかと揉めているなどと言う嘘も言えるはずがない。
レオンハルトの『どうされる』というのは、これをうまく説明つけ対処もして、完全に問題なくしてみせろとのことである。それができなければ大侯爵の地位が危ない。
『巡察使殿にはご心配をおかけして申し訳ない。まさに我が領内には不届き者がおりまして、手を焼いていたのです。やつら、我々を動揺させるためにカスタムした量産機兵に騎士鎧やレガリアの外観を真似させるという小狡いことまでしているのですよ。
しかし、もう心配は不要です。つい先日、我らは奴らの本拠地を見つけることができましてな。これからそこを襲撃し根絶やしにしてご覧に入れましょう』
「おぉ、これは頼もしい。そうか、あれはレガリアや騎士鎧のように見えたがそうではないものだったのですね。そうだとすれば私の目は節穴だったようです」
『えぇ、すぐに巡察使殿に残骸をお見せいたしましょう。そうすればすべては明らかになるはずです』
「頼もしいことです。襲撃の指揮はご子息、ディートリヒ殿が?」
『私が自ら行く。本当のレガリアというものを奴らに見せてやりましょう』
大侯爵はレオンハルトの策に乗るしかなかった。反乱分子にレガリアがある以上、叩き潰すにはレガリアをもってするしかない。大侯爵に選択肢はなかったのだ。
「父上、私も参加させてください!」
『いいとも。巡察使殿はどうされますかな。我々としては巡察使殿が見たいと言えばお見せするほかないが』
「私は領都に戻り知らせを待ちましょう。また邪魔してしまっては私が陛下に怒られてしまう」
レオンハルトは爽やかな微笑みを浮かべた。数日のうちに疫病神、惑乱の魔術師といった悪評価系称号の実績を達成した人物とは思えぬ爽やかさであった。




