表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/65

2-9 巡察使

 アルバス伯爵レオンハルトは、帝都からの長旅を経て、サリアフェ大侯爵領の領都へと到着した。

 宇宙港から直接大侯爵の邸宅に降りたシャトルの扉が開くと、風がシャトルに吹き込んだ。


 その扉から金髪の貴公子が現れた。

 レオンハルトである。口元に柔らかなほほえみをたたえているが、切れ長の、厳冬期の海のようにくすんだ蒼灰色の瞳が怜悧な印象を作り出している。

 レオンハルトは優雅な足取りでタラップを降りると、彼を出迎えるべく集まっている大侯爵家の一団の前で足を止めた。


「お久しぶりです、アルバス伯爵閣下」


 大侯爵家を代表してレオンハルトを出迎えたのはディートリヒである。


「あぁ、ディートリヒ殿。久しぶりだね。2年ぶりだろうか、元気そうだね」

「はい。本日は私が案内を務めさせていただきます」

「よろしく頼む。巡察使など面倒な役目を押し付けられたと思ったが、卿に会えるのなら悪いものでもないな」

「恐れ入ります。閣下の騎士鎧については急ぎ宇宙港より降ろさせますのでもう少々お待ちいただきますようお願いします」

「巡察使は不埒者といつでも戦えるよう常に騎士鎧を近くに置くこと、だったか。無駄な慣習だな。私が騎士鎧に乗ったところで卿の足元にも及ばないというのに」


 レオンハルトの機兵戦闘の腕前は下の下の中の下である。レオンハルト自身それを隠しも悪びれもせず堂々と『私が騎士鎧に乗っても量産機兵に負ける』などと宣言している。

 武断の色の強い帝国貴族にあって異色の存在であるが、誰一人彼を侮らないのは、機兵操縦以外の分野では圧倒的であり、特に戦略戦術においては卓越した成績を示したからである。だが彼は戦争よりも内政を好むようで、現在は内務卿の下で文官として働いていた。


「この領内で閣下が騎士鎧に乗るような事態など起こさせません。ご安心ください」

「うん、頼もしいね。さて、大侯爵閣下はご在宅だろうか。巡察使としては、まずご挨拶をしておかなければ」

「もちろんです。ご案内いたします」


 レオンハルトは大侯爵へのあいさつを済ませた後、邸宅の別館へと案内された。


「どうぞこちらを随行の方々と共にお使いください」


 そう言い残してディートリヒは去って行った。

 別館は広く、巡察使の補助役としてついてきた文官たちが全員泊まることができるくらい部屋があった。

 その中の適当な部屋を自室と定めて、レオンハルトは窓から空を見上げた。


(さてさて、我が妹は今どこにいるのやら)


 レオンハルトは自身が大侯爵領に来る原因を作った妹エルザのことを思った。


 彼の心にあるのは心配ではなく興味だ。

 レオンハルトの記憶にあるエルザは、おとなしく、貴族のお嬢様らしいといえばお嬢様らしく、機兵には一応興味はあるものの熱を入れるほどではなく、どちらかというと婚約者と過ごす時間や、貴族としての義務体裁を重んじる娘だったと記憶している。


 だが、巡察使任命の勅を取るために帝都に来た父テーセウ公爵と話をして、そのイメージを改める必要があると感じていた。

 父親から事の次第を聞いた時、レオンハルトは大いに笑ったものである。


「パルテノスを持って出ていくだなんて、我が妹はすごいことを言い出しましたね!」


 腹を抱えるレオンハルトに、テーセウ公爵は苦虫をかみつぶしていた。


「間違いはないと思ってパルテノスを渡したのだが、それがかえってとんでもない方に作用してしまったようなのだ」

「エルザもついに自立の道を歩み始めたのですね。兄としてうれしいです」


 公爵はレオンハルトをにらみつけた。


「お前がパルテノスは受け継がないなどと言うからだ」

「はは、僕が受け継いだら、その日のうちにあれを恒星に向かって突撃させますよ。それに比べたらエルザの方がましでしょう」


 冗談のような口調であるがレオンハルトは本気だった。

 公爵はため息をついた。公爵としてはレオンハルトにパルテノスを継承させたいと思っていたのだが、レオンハルトはそれを完全に拒絶していたのだ。


「レガリアなどいらぬ、か」

「えぇ、そうです。レガリアなんてものがあるから、帝国はそれに依存していつまでたっても古臭い態勢から抜け出せない。これまでは人類連邦がそろえる『数』に対抗できましたが、いずれ破綻するのは目に見えてますよ。

 あんな英雄願望の権化、早く捨ててしまった方がいい」


 レオンハルトはその蒼海色の瞳に危険な光を宿らせた。

 彼はレガリア不要論者であった。

 その言葉ぶりは改革派のようであるが、改革派の大貴族でさえレガリアを不要とは言わない。言えない。考えることさえ出来ない。

 きわめて危険な考えであった。レオンハルトもこの考えを父親以外に語ったことはない。


「だが、エルザごとスクラップにはできんだろう」

「あぁ、父上! 僕を悪魔か魔王だとでも思っているのですか。人の優秀さの極みが理性なら、人の人たる神髄は情愛ですよ! 僕はエルザが幸福になることを心から願っているんです。こうなってしまった以上パルテノスをスクラップにしたらエルザは悲しむでしょう。そんなことしませんよ」


 レオンハルトは大げさに両手を胸にあてて宣言した。本気で言っているのかが疑わしい身振りである。

 だがこう見えて彼が妹を本当に大事にしていることを公爵は知っていた。公爵がセツトをエルザの婚約者にしたときなど、「そいつが妹にふさわしい男かどうか見てきます」と言い剣を持ってダイオン伯爵家に乗り込んでいったほどである。


「そう考え続けてくれることを祈っているよ」

「僕の理性にかけて保証しますとも。それで、僕の仕事は巡察使になって、サリアフェ大侯爵を陥れることですか?」

「そうだ。お前の目の前で反乱軍に活動をさせる。そうすれば帝国本国は大侯爵領に干渉する大義名分が手に入る。それにセツトを協力させることによって安全を買ってもらおうということだ」

「なるほど。つまり反乱軍が何かする場所に僕がいかないといけないわけですね。やだなぁ」

「だがやってくれ。やらないと……」

「エルザも海賊になってしまう、と。それは僕にとっても好ましくないなぁ。仕方ないので頑張りますよ」


 そういう会話を経て、レオンハルトは巡察使をやらなければいけなくなったのだった。


(もっとも、これは好機でもある)


 レガリアは大侯爵家(ここ)にもある。

 帝国にレガリアなどいらない。この考えを現実のものとするには、まず大貴族がレガリアに向ける絶対の信頼を崩すところから始めなければならない。


 セツトが持って行ったエリュテリオスとエルザのパルテノス、この2機があればそのきっかけを作れるかもしれない。

 レオンハルトはそう考えていた。そのためには何をどうするのがいいか。レオンハルトはしばし思索の時間を楽しんだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ