2-8 お嬢様?
その機体の襲来は、帝国軍でも当然把握していた。
「なんだこの加速能力は……」
ディートリヒは、自らの騎士鎧に乗り、対反乱軍の前線からやや離れたところで戦況を確認していた。
その機体をカメラで捉えて拡大して見るが、宇宙の黒さに溶けるような色をしたそれは全く見覚えのない機体だった。
(海賊どものカスタム機か?)
推測してみるが、真実を確認するすべはない。
そうしているうちに、その機体が4つの細長い物体を切り離した。切り離された物体はさらに加速して戦場へと飛び込んでいく。
ディートリヒは信じられないものを見た。
ビームが弾かれ、切り裂かれ、騎士鎧さえも一撃で断ち切られる。
「ば、ばかなっ」
レガリアという規格外を除けば、帝国の騎士鎧は機兵の最高峰に位置する。連邦も対抗できる機兵を作ることはできず、押しも押されもせぬ帝国軍の主力兵器であった。
その騎士鎧たちがいともたやすく翻弄されている。新兵でも乗っているのかと疑いたくなるが、間違いなく大侯爵の下で長年戦ってきた騎士たちである。
「若、撤退しましょう!」
グスタフが戦場から退いてきた。ベテランの彼にあるまじき焦りが感じられる。
「グスタフ、この兵力差だぞ」
「若、あれはレガリアです! なぜ海賊風情が持っているのか分かりませんが、あれと戦ってはなりませぬ!」
「あ、あれが……。ロクシアスとだいぶ違うぞ!?」
ディートリヒの脳裏に父のレガリア、ロクシアスが思い浮かぶ。目の前の黒い機体とは似ても似つかない勇壮な姿だ。あれが同じレガリアだというのか。
「レガリアは一機ごとに姿も武装も全く異なるのです。このままでは無駄に機兵を失うだけです。ご決断を!」
ディートリヒは、グスタフの進言がどんなに不可解なものであったとしても受け入れるほど彼のことを信頼していた。それに、目の前で次々と深刻なダメージを与えられている帝国機兵たちを見れば、その進言が正しいこともわかる。
「わかった。総員撤退だ!」
ディートリヒは命令を下した。
(あれが、レガリアか……)
騎士鎧を隔絶する機動能力、そして常識外れの武装。大貴族のみに許された帝国の秘宝をなぜ海賊が持っているのか想像もつかないが、強大な敵を相手にすることになったことを思い、彼は武者震いを覚えた。
(レガリア同士が戦うことになるかもしれないな)
おそらくそうなるだろう、と思った。ロクシアス対海賊のレガリア。騎士道物語もかくやというほどの戦いになる。
帝国軍が撤退したため反乱軍と<黒銀の栄光>は合流することができた。2隻は超空間に転移するべくすぐに並走してできる限りの速度で航行を始めた。
ダスティとゴードフは救援の礼を述べるために、シャトルで<鋼鉄の義手>もとい<黒銀の栄光>を訪れていた。
「サリアフェ解放戦線第3行動部隊のリーダーをやっています、ダスティです。こちらは私の副官のゴードフ」
ダスティはシャトルを出迎えに格納庫に来たキティに対し、自己紹介をしてゴードフの紹介をした。
だがその紹介された当のゴードフは何も言わずに突っ立っていた。
「おい、ゴードフ」
挨拶しろよ、とダスティは振り返ったが、ゴードフが震えて涙を浮かべているのを見てそれ以上つつくのをやめた。
「も、もも、もしや、キティシアお嬢様では……」
そのつぶやきでキティはだいたいのことを察した。
少々うっとおしいくらいだが、だからと言って違うと嘘をつくほどでもない。キティは頷いた。
「今はただのキティだ。海賊“黒銀の”キティだよ」
ゴードフがその場に片膝をついた。
「お久しゅうございます。もっとも、私が最後にお目にかかったのは2歳のころでございましたから、覚えておられないかもしれません。某、カーリス子爵の下で騎士として勤めておりました」
「そうかい、これまで苦労したろうね」
彼に見覚えなどないキティとしてはそう返すしかなかった。
ゴードフは膝をついたまま泣き出していた。
一方のキティはゴードフの感傷に付き合うほどの感傷を持ち合わせていない。
「それで、第3行動部隊のリーダーってのは、どのくらいのポジションなんだい?」
キティは、さっさと用件を進めることにした。
「5つある実戦部隊の一つを預かっています。上には解放戦線のリーダーがいるだけですよ」
「あたしらのことはどう聞いてる?」
「支援者の商人から援軍が来る、とだけですね。まさか海賊とは思いませんでしたが」
「海賊は嫌いかい?」
キティは殺気を籠めた笑みを浮かべた。
「これまでは好きと思うことはありませんでしたが、さっきから急に好きになってきましたよ」
ダスティはその殺気を受けても全くひるまなかった。なかなか度胸の据わった男のようである。
「ははは、正直な奴だね。上から2番目ってなら、文句ない。あたしたちの雇い主に会ってくかい?」
「雇い主が乗っているのですか?」
「当然じゃないか、海賊を雇おうなんてキチガイ、一緒に乗せておかなかったら何するかわかったもんじゃないでしょう?」
これにはダスティも笑った。
「たしかに。それではよろしくお願いします」
「あぁ、来なよ」
と、キティはその辺にいた男にセツトとエルザを呼ぶように伝えて、ダスティたちを応接室に案内した。
「お嬢様」
ソファに座るとゴードフが何か聞きたそうに声をかけてきたが、キティは無視した。
ダスティが肘でゴードフを小突いた。
それでゴードフは自らの過ちに気付いたらしい。
「キティ様」
そう呼びかけなおした。
「なんだい」
「父君はどうされてますでしょうか?」
「死んだよ、4年前に。戦いでケガして、それで死んじまった」
「あぁ、なんと……」
ゴードフは絶句した。
「海賊してりゃそういうこともあるさ」
キティとしては今更そこについて浸ることはない。
ドアがノックされる音がして、エルザとセツトが順に入ってきた。
「来たね。この2人は反乱軍でそれなりのポジションにいる2人だそうだ。今後の相談が必要だから来てもらったよ」
「そうなのですね」
エルザはよそ行きの顔をしてカーテシーをした。
「お二方、はじめまして。テーセウ公爵令嬢エルザと申します。お会いできて光栄ですわ」
ダスティの顔に初めて驚きが走った。公爵令嬢。決してふらふらと出歩くような身分ではないし、海賊船に乗り込んでいるような身分でもない。
「こちらは私の婚約者のセツト。さきほどあなた方を助けた機体のパイロットですわ」
エルザはそのすきにしれっとセツトを紹介した。
「エルザ、セツトはあたしの船の者だ。あんたの部下のように紹介しないでくれるかな?」
「あら。私の部下だなんて口にしておりませんわ。何を怒ってらっしゃるの?」
バチバチ。
ダスティは女同士の場外乱闘をあえて無視して立ち上がり、胸に手を当てて頭を下げた。
「エルザ様、セツト様、お初にお目にかかります。私はサリアフェ解放戦線第3行動部隊長、ダスティ・ホローと申します」
その作法を見て、セツトとエルザは彼が元貴族であることを察した。
先ほどの戦場にも何機か反乱軍、もとい解放戦線の側に騎士鎧がいた。大公爵領の反乱は貴族が参加するほどのものになっている。
「この度の我らへのご助力、感謝に堪えません。今後もお力添えいただけるのであれば、今後の方針について意見交換をさせていただきたいのですがよろしいでしょうか」
「えぇ、もちろんです。私共の計画をお伝えしましょう。その上で乗るかどうか、決めていただければと思いますわ」




