2-6 備え
巡察使。
それは皇帝が直接任命する勅任の臨時官職である。
もともと地方領主の監督、査察を行う役目であるが、ほとんどの貴族が領地行政に関わっていない現在では、その必要があるときのみ任命される役職となっていた。
滅多に任命されるものではない。
ましてその査察を受け入れる側は、生まれて初めてということになることが多かった。
「父上、巡察使ですが、アルバス伯レオンハルトが任命されることに決まったようです」
サリアフェ大侯爵は、自身の息子の言葉に頷きで返した。
「テーセウ公の長男だな」
大侯爵のもとには、ここしばらくテーセウ公爵が大侯爵領への巡察使派遣を決めようと暗躍していたことも伝わってきていた。
どうやらその活動が実を結んだらしい。
アルバス伯爵はエルザの兄である。テーセウ公爵家の次代継承者は、公爵位を継ぐまでの間はアルバス伯爵となるのが慣例であった。
「はい。テーセウ公といえば堂々たる中立派の中心的人物だったはずですが、宗旨替えをしたのでしょうか?」
帝国の貴族は主に3つの派閥に分けることができる。人類連邦に対して積極的に攻勢にでるべきと考える積極派。今は小康状態を維持し国力の涵養と改革を進めるべきとする改革派。どちらにも属さず間に入っての調整役となることの多い中立派である。
むろん大侯爵は積極派である。中立派はどちらにも喧嘩を売らないから中立派なのだが、今回のテーセウ公の動きは中立派の動きとしては意外なものだった。
「分からんな。だが中立派である公が動かなければ任命自体なかったろうな」
「私もそう思います。かねて検討していた通り対処する方針でよろしいでしょうか?」
「あぁ、頼む。査察の際に余計なことをされないよう、今のうちに反乱分子を叩いておくのだ」
「はい、父上」
返事に高揚が感じられた。
「もしやお前も出るのか?」
「はい。私も騎士の位にある身ですので。反乱分子では相手に不足ありですが、これも経験と思っております」
「そうだな。だが万が一ということもある。気をつけるのだぞ。我がレガリアを受け継げる者は、ディート、お前しかいないのだから」
「もちろんです、父上!」
息子ディートリヒは元気よく部屋を出ていった。
威勢のいいことだ。あの威勢のよさは俺の若い頃にそっくりだな。もうすぐ20になるのだからもう少し威厳を身につけてほしいものだが。
大侯爵は人の親らしい心配をしていた。
大侯爵の執務室から出たディートリヒは意気揚々と自らの執務室へと戻った。
部屋に入ると、2人の武官が彼の戻りを待っていた。2人はディートリヒの顔を見て大侯爵と話した内容を察したようだ。
「若、出撃ですか!」
2人のうち、若く細い体つきをした赤毛の男がうれしそうな声を上げた。彼の名はフレッドといい、ディートリヒの幼なじみであった。線の細いところがあるように見えるが、機兵の操縦の腕はかなりのものだ。
「ああ。そうだとも。急いで<アードベグ>に出港準備をするよう連絡を入れてくれ。作戦計画通りだ」
「はい!」
フレッドが執務室の電話を使って宇宙港で待機している戦列母艦に連絡を取り始めた。
「若」
フレッドの様子を眺めていたディートリヒに、もう1人の武官、グスタフが声をかけた。彼は50を超えてなお筋骨たくましい男で、髪は既に白髪まじりであるものの、いかにも軍人という雰囲気をしている。初陣以来35年という熟練騎士の一人だ。
「反乱分子と関係があるのか分かりませんが、先ほど連絡船が気になる知らせを持って参りました」
「うん?」
「“裏切り令嬢“が大侯爵領に入ったそうです。ヤハオの宇宙港で捕縛を試みたが逃げられたようで」
「キティシア・カーリスか。カーリス元子爵め、死んでからも迷惑を残すとはな。反乱分子の味方をするつもりかな?」
「その可能性はあります。これまで大侯爵領には近づきもしなかったはずですが、来たからにはなんらかの繋がりがあるかと」
「巡察使が来ることと関係があるのかな」
ディートリヒのその言葉は何か直感があってではなく、試しに言ってみた程度のつもりだった。
だが口にしてみると、妙にタイミングが良いことが気になってきた。
「カーリス子爵は大侯爵領について悪意ある噂や報告を流した裏切り者だ。もしその当時からの帝国本国との繋がりが残っていて、それが娘に受け継がれていたら……」
「まさか、あの娘が本国を巻き込んでやってきたと?」
「分からん。テーセウ公がそのようなことをする方とも思えないが。
とはいえ巡察使が来ることで我らが通常にはない対応を強いられているのは事実だ。その間に何かをやらかすつもりかもしれない」
「何かというと、破壊工作ですかね?」
「あるいは暗殺か。父親の復讐など、いかにも海賊がやりそうではないか?」
「ふむ、確かに」
「だが父上にはロクシアスがある。海賊船一隻程度ではどうにもできまい」
レガリア・ロクシアス。
大侯爵家が受け継ぐ最強の機兵。ディートリヒも数えるほどしか見せてもらったことはないが、実際に戦っているのを見たことがあるグスタフによれば、一機当千の機体だという。
「そうでしょうな。海賊のフリゲート一隻程度、敵ではありません」
グスタフの言葉にディートリヒは満足げに頷いた。
ディートリヒもグスタフも<黒銀の栄光>の戦力を見誤っているが、こればかりは仕方のないことであった。
「つまり問題なのは我々の方というわけだ。反乱分子に加勢したとすると、連中の戦力評価を上げねばならん」
「そうですね。各部隊戦力を増やしますか?」
「……いや、よそう。増強する兵を集めて割り当てる時間が惜しい。各部隊フリゲート一隻分の敵が増えたところで対処可能な戦力は割り振ってある。難しそうならば無理せずに引くように伝えろ。もちろん奇襲にも気をつけるようにもな」
「わかりました」




