2-4 商売人
『偉大なる帝国の勝利のために、領民一丸となって戦おう!』
道のところどころに設置されたビジョンにそんな演説をする男性の姿が映し出されていた。
50手前くらいの堂々とした男である。黒い帝国軍の軍服を着ているが、銀で施された装飾を見れば彼が大侯爵であることが分かる。サリアフェ大侯爵その人である。
演説の内容は帝国が人類連邦との戦いに勝利するために領民に協力を求めるものであった。その演説を聴いていると、今にも人類連邦が攻めてくるかのようである。
道を歩いている領民達は、その演説を注目するでも無視するでもなくチラチラと見ては通り過ぎていく。
そうしたおそらく日常的であろう様子を見ながら、キティ、セツト、ミツキ、アンネの4人は港湾施設の中の重力加重エリアを歩いていた。円柱形の区画の底を地面にして、重力制御装置によって1Gの加重がかけられているエリアである。両側には建物が並んでいた。
「テーセウ公爵のところでは、あんなの流してなかったよね?」
先日世間知らずを指摘されたばかりのセツトはアンネに確認をした。セツトはたまにしか一般街区に行っていなかったから、知らないうちに流されていないとも限らない。
アンネは公爵家に住み込みになる前は一般街区の実家で暮らしていたから、そのあたりについてセツトより頼りになるはずだ。
「見たことはないです」
「そうだよね。高い港湾税、戦意を煽る公告演説、大侯爵は戦争を始めたいのかな」
「大侯爵だけが連邦が攻めてくると知っている、あるいは信じているという可能性もあるわね」
キティが意見を挟んだ。
「そうですね。予断はしない方が良いですね」
そうした感想を話しあっているうちに目的地についた。
目的地はドゥートン商会の商館である。この商会はヤハオ宇宙港における補給を扱っている商会の一つだ。
「ようこそ」
「ガディーラ号の者よ。発注していた品物の受け取りに来たわ」
キティは善良な商人の皮を被っていた。
「確認させていただきます。少々お待ちください」
ほどなくしてキティ達は応接室へと通された。
「ようこそ、私はここで番頭をしております、カーベと申します」
「ガディーラ号の船長をしております、キッテです」
二人は互いにニコニコと営業スマイルを交わした。
「お待ちしておりました。こちらのリストにあるものをご入り用ということでしたね」
カーベが一枚の紙をキティに渡した。入港してすぐ商会宛てに発注していた物のリストの一部だ。『エルザのためにどうしても必要な物』リストである。
「こちらは少し高くなってしまいますよ。領都などで買われた方が良いのでは?」
「もう残りがほとんどなくて。領都までは保ちそうになかったのです」
キティが言い訳をした。アンネがこくこくと頷いている。
「左様ですか。貴族のお嬢様でも乗せているのですかね」
「えぇ。恋人に一刻も早く会いたいといういじらしいお方を」
「それはそれは。さぞ気を遣って大変でしょうな。では用意させてもらいましょう。いま持って参ります」
番頭が出て行った。
「貴族が乗っていると答えて大丈夫だったのでしょうか」
アンネが不安そうにしている。
「隠せないわよ、あのリストじゃ。全部貴族御用達の物だもの」
「ご迷惑をおかけ致します」
「いいのよ、いかにもいいとこの貴族のメイドって感じのピュアピュアな顔してるあなたがいるから相手も信じるわ」
「そうなんですね、よかったです」
「よくないわよ。本当に隠すべき時に大変なことになるわよ。せめて思ってることが顔に出ないようにしなさい」
「はぅ、はぃぃ」
「それには私を手本とすることを推奨します」
なぜかミツキがしゃしゃり出た。
「あんたはもう少し顔に出しなさい」
「私の鉄面皮はマスターの希望によるものです。マスターの指示なく崩すことはできません」
「ほー」
キティがセツトを冷たい目で見た。
「ミツキ、多少は臨機応変に対応して欲しいな」
巻き込まれてはたまらない。セツトはミツキにあいまいな指示をした。
「イエス、マイマスター。キティ、そういうわけですので私も少し顔に出します。これで良いですか?」
ミツキの口角が1ミリ上がった!
「あんたについてはもうなんでもいいわ……」
そうした無駄話で時が流れていく。
「皆様、番頭があと30秒で当部屋に帰還いたします。お話はこのあたりで」
ミツキの宣言通りにドアが開いてカーベが戻ってきた。
その背後に従業員が大きな箱を持っている。
「どうぞお確かめを」
「はい」
アンネが自分で箱の中に収められた商品を確認しはじめた。
「それとこれが、船への補給も含めた今回の費用でございます」
カーベが数枚の紙の束をキティに渡した。
キティはそこに記された数字を見るとたちまち目をつり上がらせた。それに対してカーベは半ば身を乗り出した。
「それが大侯爵領内の状況でございます」
「港湾税もひどかったけど、品物もなの?」
「これでも私どもは危ない橋を渡ってまで下げているのでございます」
嘘をついているようには見えなかった。
「あなたから見て、大侯爵領はどんな状態?」
キティの質問にカーベは片手をあごに当ててしばし考えていた。
「資産というものは、取得だけでなく維持にも金がかかります。まして軍事力というものは、大変な金食い虫です。それを払うための税金ですが、今のままでは商人が十分な利益を出して物を売ることが困難でございます。利益が少なくなれば日ごろ買い入れるものを減らすしかありませんので、売りたい方の視点では物が売れないということになります。物が売れなければさらに利益は減り、税収が減ります。よろしくない循環です。
大侯爵様も、いまさら増やした軍事力を削れませぬ。これもよろしくありません。
他の出費を抑えてなんとかしてきたようですがそろそろ限界でしょうな」
かなり突っ込んだ発言だ。
このカーベという番頭は、初めて訪れた商人に対してここまで言うほどに領地運営が追い詰められているとみているのだろう。
「ありがとう、気を付けますね」
キティは素直に礼を述べた。
チラリとアンネに目を向けると、品物の確認は終わったようで箱に戻しているところだった。
「さて―――」
支払いをして退出しようかと口を開きかけたところで、部屋に電子音が鳴った。
「私ですな、失礼」
カーベは懐から電話を出すと、その先の相手と何事かを話し始めた。
表情が一瞬で真剣なものになる。
「なに……旦那様は?……うん……うん……分かった。すぐに用意をしてくれ」
何事か相談をして、切った。
カーベはあらためてキティたちに向き直ると頭を下げた。
「よくない知らせでございます。港湾警備隊が、<ガディーラ>号の停泊区画を封鎖したそうでございます」
キティとセツトの顔に緊張が走った。残り二人のうちミツキはいつも通りだし、アンネはただただ驚いていた。
「封鎖、ね」
キティの声は厳しい。
「今私どもの方で外に出れるシャトルとそこまでの車を用意しております。お使いいただければと思います」
「……」
「信じていただけないとは思いますが、私どもは何もしておりません。どうやら港湾局にも優秀な者がいたようでございます」
カーベの口調はただただ真摯に述べているようにしか見えない。
「シャトルは助かるけれど、どうしてそこまでするのかしら?」
キティの問いかけに、カーベはため息をついた。
「キティシア・カーリス様」
と、カーベはキティの本名を当ててみせた。
「こういうことにならなければ知らんぷりをするつもりでおりましたが、我々ドゥートン商会は、あなたの父君に大変ご贔屓にしていただきました。その恩義を思えば車一台、シャトル一機など安いものです」




