2-3 おっかねぇ女枠
純白の機兵が<黒銀の栄光>に着艦し、艦内へと降りてきた。
キティはエルザの計画に乗ることにしたのである。
「あれが白い奴か」
「雰囲気あるな」
待ち構えていた海賊達から声が漏れた。
パルテノスがリフトの台座から降りて直立した。
胸部ハッチが開いた。
出てきた3人の人物の姿に海賊たちは度肝を抜かれた。
先頭のエルザは、これから晩餐会にでも行くのかといいたくなるような、淡い水色のドレスと羽根飾りのついたつばあり帽で着飾っている。
その背後に執事の正装をしたエリクと帝国の黒い軍服を纏った若い女性が付き従っていた。
およそ機兵に乗るような格好ではない。
(ははん、なるほど)
その服装を見て彼女らを待ち構えていたキティは察した。
刀槍で戦うつもりはないがこれも戦いだぞ、というわけだ。
パルテノスに備えられたワイヤー昇降機でエルザが降りてきて、キティの前に立った。
エルザは完璧なカーテシー、ふわりと花が舞うような礼をして見せた。
「<黒銀の栄光>号キティ・カーリス船長。テーセウ公爵令嬢エルザ及び護衛2名、乗船許可をいただきたく思いますわ」
笑顔も完璧だが、目が笑っていない。
「許可しよう。この船には帝国の権威におもねる者はいないから、ただのエルザとして扱うが、いいだろうね?」
対するキティは泰然としてその眼光を弾いていた。
「もちろんですわ、船長」
その様子を見て海賊達は理解した。この船に3人目の女傑が乗り込んだことを。
海賊達のエルザに対する評価は、後ほど彼らがひそひそと話していた内容を見れば分かる。
「すっげぇかわいいんだが、おっかねぇ」
「すっげぇ良い匂いがするんだが、おっかねぇ」
「帝国の姫さんってあんなおっかないのばっかなの?」
「そういやあの姫さん、セツトの奴の婚約者なんだよな」
「もしかして、あいつ、婚約者があまりにおっかないから逃げだしたのか?」
「……ちょっと優しくしてやるか」
しばらく食堂でセツトに出される食事が大盛りになったという。
そんな海賊たちの評判はつゆ知らず、エルザは与えられた船室で帽子を脱いだ。
部屋には軍服の女と2人だけである。エリクは別室だ。いくらアンドロイドだとはいえ、男性を乙女の私室にむやみに立ち入らせることはできない。
「お疲れ様、アンネ。ちょっとドレスのフック外してくださらない?」
「エルザ様……」
軍服姿はパルテノスから降りたとき以来変わらない厳格な顔である。
それが一気に崩れて床にへたり込んだ。
「なんなんですかあのおっかない人ー! ずっと人を殺せそうな目で睨んできてましたよぅー! 絶対何人か殺ってる目をしてましたよぉー!」
ぴえええん。
姿こそ軍服であるが、中身はエルザの侍女だった。騎士の家の者ではあるものの、軍事的なものには全く向いておらず、公爵家で働いていた少女であった。
軍服を着ていたのはエルザが『敵を威圧するため』と着させたためである。
「アンネ。落ち着くのよ。海賊なんだからもちろん何人も殺ってるわよ」
「ひぃ……!」
エルザがとどめを刺した。アンネは顔を引きつらせた。
「いいこと。帝国貴族の本懐は、ナメられたら殺す、ですわよ。そういう覚悟を持つのですわ」
「無理です!」
「無理でも。貴族として生きるとはそういうことよ」
「私みたいな底辺ボロ騎士の家ではそんなことないですぅ……」
「でもここについてきてくれるって言ってくれたじゃない?」
「当たり前です! エルザ様のご準備は私の仕事です! でもこんな怖いなんて聞いてないんです!」
「あなた海賊船にどんなイメージを持ってらしたの?」
「ずっと酒飲んで、宴して、肉ー!って叫んでるイメージ……です」
エルザはアンネの肩を叩いた。
「間違ったイメージは捨てなさい。彼らは酒ではなく人の生き血で宴をするのですよ」
「……エルザ様の嘘つき。宇宙船でそんなに生き血を集められるわけないじゃないですか」
「その冷静さがあるなら大丈夫よ。さぁほら手伝って。作戦会議に出るように言われているのだから、迎えが来るまでにちゃんとした格好に着替えないと」
「はぅ。ちゃんと、ですね」
「そうよ。ちゃんとかわいくするのよ。セツトがいるかもしれないんだから」
「はい……」
アンネは観念した。最近のエルザはかなり積極的なに動き回るようになった。自分はなんとか食らいついていくしかない。
<黒銀の栄光>がハァワゥイーンを離れておよそ1か月後。
サリアフェ大侯爵領、ヤングーア星系第3惑星ヤハオ。
岩石でできた赤く見える惑星であるが、その惑星の衛星の上に、大侯爵領第3の都市ヤハオがあった。
<黒銀の栄光>は今、その惑星と衛星が作り出す重力均衡点、ラグランジュポイントに設置された宇宙港に入ろうとしていた。
「こちらウーティス海運所属快速商船<ガディーラ>。貴港への入港許可を求める」
<黒銀の栄光>は今、商船の振りをしている。れっきとした帝国にある商会を名乗り、ID類もしっかりと整っている。
どこにでもこういう不正はあるものなのである。
『こちらヤハオ宇宙港。データを確認した。積み荷は食品だって?』
「そうなんすよ。冷凍せずに届けろだなんて贅沢な奴を満足させるためにうちみたいな船があるんでさぁ」
『はー。送り先はヤハオかい?』
「いや、領都でしてね。風向きが悪くて思いのほか時間がかかっちまって、物資が心もとねぇのよ。ちょっと寄らしてもらいます」
『そうかい、いいぜ。入港を許可する』
手慣れた調子で入港許可を取り付けている。
「帝国の入港管理ってこんなに簡単に通れちゃうんですか」
セツトが驚いていた。
「何光年も離れた先に通信で確認なんかできないから、目の前のデータを見るしかないもの。港なんてどこも等しくザルよ」
「なるほど……」
<黒銀の栄光>が係留デッキに入ると、港側に備えられている固定アームが伸びてきて磁力で船体を固定した。
『ようこそ<ガディーラ>号。ところで港湾税だが、貴船の大きさだと20万帝国ドルになる。降りたらすぐに支払ってくれたまえ』
「わかった、ありがとう」
通信を終えた瞬間、キュークがキティを見た。
顔に『なにこれバカ高ぇ』と書いてある。
「このクラスの法定港湾税は5万ですよ。4倍じゃないですか!」
セツトは声を上げた。ぼったくりだ。
「どこでも何かと理由をつけてちょっと高めにはしてくるけど、ちょっとこれはすごいわね」
「いくら大侯爵領だからって帝国法を無視していいわけじゃないんですよ。これはないでしょう」
大侯爵領は、このあたりが国家防衛上の要衝であるために、緊急時のみならず平時でも帝国中央から一定の範囲で独立して政治を行うことを認められている領土だ。そうした独立性がない爵位と区別するために『大』がつけられている。
もちろんそれにしても限界はある。この港湾税は明らかにその限界を超えているように思われた。
「落ち着きなさいな。こんなんだから、あたしたちを送り込まなきゃいけなくなってる。でしょ?」
キティがセツトをなだめた。
「そうですね。そうでした」
「それに少なくとも、エルザが根も葉もない話であたしたちを躍らそうとしているわけじゃない、ってことは分かったわ」
キティはまだその可能性も捨てていなかった。
彼女がセツトを捨て駒にしないことと、キティたちを捨て駒にしたり騙したりしないことはイコールではないのだ。むしろ彼を取り戻すために率先して騙す可能性まである。
「確かにそういう考え方もできますね。ありがとうございます」
「いいってことさ。セツトはこれから世間ってものをよく学んだ方がいいかもしれないね」
その通りだとセツトは思った。世の中は知識だけでは渡っていけない。
そう思うと軽率に声を上げてしまったことも恥ずかしかった。
「さて、高い港湾税はそのうち何かで奪い返してやるけど、まずは本来の目的である補給を済ませちゃおうか」




