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2-2 キティ・カーリス

「と、いうわけで手伝っていただきたいのですわ」


 エルザはティーカップを傾けた。

 エルザは砂浜からすぐそばのカフェのテラスを貸し切りにし、キティたちに巡察使が大侯爵領の監査をする際に陰から協力してほしい旨を説明した。


「サリアフェ大侯爵領、ね……」


 キティがその名を吟味している。


「えぇ、サリアフェ大侯爵領ですわ」


 エルザは余裕のある笑みを浮かべている。


(おや?)


 セツトはその様子をみて思った。これはキティの方で何かある雰囲気だ。

 キティがそのセツトの視線に気づいたようで、


「説明してあげたら?」


 とだけエルザに告げた。


「キティの父、マーク・カーリス元子爵は、サリアフェ大侯爵領内の貴族でしたの」


 エルザの説明にキティが頷いた。

 なるほど。この話は因縁があるキティを狙い撃った話なのだろう。


「報酬は?」

「ひとつは資金。1億帝国ドル分をお好きな支払方法で」


 キティは頷いた。一つはというからには続きがあるのだろう。


「もうひとつは、セツトを含む海賊団全員の今まですべての罪状についての免罪」

「そりゃ大盤振る舞いだ。なぜそんなことを?」


 キティの質問は彼女が罠ではないか警戒していることを示していた。

 エルザはその質問に間髪入れず応えていく。


「帝国としては、まだ人類連邦と全面戦争をしたいわけではないのです。今は様々な内政改革を行い国内を固めるべき時期なのです。大侯爵の行為は、そのどちらにも反しているのですわ」

「潰すのかい?」

「大侯爵に考えを改めていただければ十分です」

「そうかい。それで、あたしたちじゃなきゃならない理由は?」

「裏の協力者が発覚した場合に備えて、今の時点で帝国の敵側についている者にしか頼めないからですわ。場所的にも適任ですし」

「じゃ、あたしたちが捨て駒にされない保証は?」


 この問いにはエルザが意外そうな顔をした。


(わたくし)がセツトを捨て駒になどできないことは、あなたなら分かっていると思いましたけど?」

「さぁね。なにせ3か月もたってるからね」

「なるほど。でしたら私も一緒に船に乗るというのでは?」

「そのおっかない爺さんと一緒にかい?」

「えぇ。いざというときにはパルテノスで助けて差し上げますわ」


 パルテノスまで持ち込む気だ。これでは安全保障の人質なのか敵を招き入れるだけなのか分かったものではない。


「ははっ、そりゃありがたいねぇ。返事はいつまで?」

「明日この時間では?」

「オーケー。じゃあまた明日」


 キティは立ち上がった。今のところ話は終わりだ。セツト達はキティと共にテラスから直接砂浜へと出た。


「どう思う?」


 パラソルセットがあるところに戻ってきて、キティはセツトとシェリーに尋ねた。


「どっちでもいいけど、1億帝国ドルは魅力的よねぇ」

「そうね。セツトは?」

「そうですね。この依頼を受けた場合に、何か困ることってありませんかね?」


 この依頼を受けるということは帝国のために働くということになる。これまでキティたちは帝国と敵対して海賊をしてきたのだ。いろいろな人間関係がその前提でできていないだろうか。


「ないとは言わないわ。ただ、海賊が鞍替えすることって結構よくあるからね。そんなに困るほどではないわ」

「そうなんですか?」

「えぇ、お互い引き抜きし合ってるわ。昨日帝国側の海賊船に乗ってたやつが翌日から連邦側の海賊船に乗ってたりする。さすがに船ごとっていうのはたまにしかないけど」

「なるほど。それなら僕は受けたいです。積極的に帝国に敵対したいというわけではないので」

「覚えておくわ。後でほかの連中にも意見聞いてから決めることにするわね」


 そう宣言して、キティは再び寝そべった。


 その様子を見てセツトは先ほどまでいたテラスを振り返った。

 そこにはまだエルザがいるようだ。


 セツトは意を決してそこに戻った。

 エルザは全く違う方を向いてお茶を飲んでいるようだったが、エリクがセツトに気付いて耳打ちをした。


 エルザの目がこちらを向く。


「まだ何か?」


 エルザの声はそっけないものだった。


「少し聞いておきたいことがあって、いいかな?」

「誰もいないところで話していると疑われますわよ」


 当然の指摘ではあるが、少し突き放すような色があった。


「そうなんだけど、ちょっとだけ。父上は、伯爵は元気?」

「えぇ、元気よ。私のお父様と一緒になって、『エリュテリオスは絶対に敵に回すな、婚約者の取り決めもそのままにしておくから絶対に言いくるめて来い』って二人ともすごい剣幕だったわよ」


 エルザは首を振りながら大きくため息をついた。


「いまさら何言ってるのかしらね」


 もう話はないでしょう、とその目が言っていた。


「そうだね。ありがとう、エルザ」


 セツトは礼を言ってその場を離れた。




 妙なことになった。


 キティはくつろいだ姿勢のまま少し悩んでいた。

 帝国のために働くなどこれまで選択肢にすらなってこなかった。父親のことがあるからだろう、帝国側に寝返るような話など、全く持ち込まれることがなかった。


 父親はだいぶ帝国を憎んでいたし、帝国の戦いで受けた傷が原因で死んでしまったらしいから、死んでも憎んでいるだろう。

 だからといってキティは帝国を憎むというほどの感情は持ち合わせていない。どちらかと言えば嫌いというくらいのものだ。


 そりゃあ、帝国がしてやられたと聞けば快哉を叫ぶし、できればしてやる本人にもなりたいが、言ってみればその程度だ。

 <黒銀の栄光>は父が残した形見のような船だ。キティのところに来た時には父の残した航海日誌があり、父がどうして帝国を出たのかもそこに書かれていた。


 サリアフェ大侯爵はその元凶ともいうべき人物だ。代替わりはしていないはずだった。


(あのエルザとかいうお嬢様、どこまで分かってるのか)


 カーリス子爵家の名前が分かれば大侯爵のところにいたことは簡単にわかるだろう。出奔した経緯、その理由まで知っているのだろうか。あるいは単に恨みを持っているのではと推測しただけだろうか。


(いや、これはどうでもいいことだね。こんなことを考えるということは、あたしは動揺しているらしい)


 キティは自身を冷静に分析した。


(とんでもない拾い物をしたもんだねぇ)


 こんな話が回ってきたのは間違いなくセツトがいるからだ。この話をエルザが持ってきていることが何よりの証明である。


 断ればきっとこれまで通り、海賊稼業をすることの繰り返しだろう。

 では乗っかったらどうなるか。なんとなく激動の渦に巻き込まれそうな気がする。これはきっとその入り口になるでっかいきっかけだ。公爵令嬢と組んで大侯爵を嵌めるなんて、明らかにただ事ではない。


(面白そうだな)


 キティはそう思った。


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― 新着の感想 ―
理想的な展開になってきた。
面白そうに一票追加、お願いしますwww
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