2-1 エルザ動く
時はおよそ3カ月遡る。
「お話とは何だろうか?」
ダイオン伯爵は、いつか来るだろうと思っていた訪問者に、硬い声で尋ねた。
「もちろん、私とセツトの事でございますわ」
一方のエルザは柔らかく返した。
「あぁ、分かっている。こうなってしまった以上、あいつと君との婚約はなかったことにするしかあるまい。公式には病死ということで届けを出そうと思っている」
伯爵としてはそれ以外の選択肢はなかった。セツトがレガリアを持って出奔した、などという事実は公表することが出来る類いのものではない。
既に公爵とも相談し、いざというときにはそのようにしようと決めていた。むろんそれで問題が解決するわけではないし、問題解決のために尽力が必要なことも分かっているが、まずは公式にどうするか、は 貴族にとって重要事だった。
「逆ですわ」
エルザは笑顔を浮かべていた。
「どうか、すべてそのままに」
「……どういうことかな?」
「彼は、帝国が公式には手出しできない問題解決の手助けをするために、敢えてレガリアを持って出奔したフリをした、としていただきたいのですわ」
とんでもないことを言い出したな、と伯爵は思った。
事実からはかけ離れているし、それによって今後かえってややこしいことになることは目に見えている。
ありえない。そう応えようと思った。そこにエルザの追い打ちが来た。
「既にお父様も納得して下さっていますわ」
「公爵閣下が?」
「えぇ」
「どうするのか、具体的に聞いても?」
それが事実ではないことくらい分かっているだろうにどう始末を付ける気なのだろうか。
「もちろん。これから、セツトにひとつ帝国の問題を解決してもらいます。その実績がつけば問題ございませんでしょう」
「それは、確かに。だがどうやって?」
「サリアフェ大侯爵領」
その単語に伯爵は顔をしかめた。
それは対人類連邦の備えである大貴族の領地だ。そして確かにエルザの言うようにきな臭い噂が流れていた。曰く、領内で反乱が起こっているとか、大侯爵自身が反乱を企んでいるとか、連邦と通じているとか。
「お父様に聞いてみたところ、皇帝陛下が定める以上の軍備を備えていること、領内で反乱が起こっていることは確かなようですわ。
そこで彼に協力してもらい、大侯爵のやり過ぎを咎めることを考えておりますの」
「そう簡単に解決できるのかね?」
「簡単ではないでしょうね。大侯爵が属している派閥も彼をかばうでしょうし、対立派閥もどう動くか。まずは噂程度でしかない問題を公式の情報に引き上げる必要があります。
そこで、お父様に働きかけてもらい、帝都より巡察使を出していただきます。巡察使は派閥からの中立を掲げている貴族の中から選ばれることになるでしょう。
できれば私が連携出来る方であると動きやすくなりますので、できれば帝都で働いているお兄様などが良いとは思っていますが、そこまでは望めないかもしれません」
「なるほど」
大貴族の所領が適切に治められているかを調べる巡察使という役目は確かにある。たまにしか任命されない役目だが。
これは相当考え調べているようだ。
その巡察使と連携して、反乱なり、過剰軍備なりの証拠を巡察使に掴んでもらおうというわけだ。大侯爵の側でもそうした物は隠そうとするはずだが、だからこそ陰で動く者が必要になる。
「考えは分かった。だが、セツトがそれを受けるか?」
「そのことについても考えてありますのでご心配なく」
「そうか。公爵閣下もずいぶん思いきったことを考えられたものだ。これを実行するにはかなりの政治的労力がいるだろうに」
巡察使がたまにしか任命されないのは、誰も喜ばないからだ。それを通そうというからには、公爵はかなり頑張らなくてはならないはずだ。
公爵がそこまでする理由が何かあっただろうか。伯爵にはそこが疑問だった。
「あら、お父様は快く納得していただけましたわ。だってパルテノスまで失うわけにはいきませんもの」
エルザの口調は、今日は紅茶じゃなくてコーヒーにしよう、という程度の軽いものだったが、その内容はとんでもないものだった。
パルテノスまで失うわけにはいかない、と言った。パルテノスは今エルザが操縦者になっている。
つまりエルザは、『私の提案を呑まないとパルテノスを持って出て行く』と脅したということだ。
「そうか。そうだな。そうなっては大変だ」
伯爵はそう頷くので精一杯だった。
この娘、いつの間にこんな大爆弾を投下するようになったのだ。
男子3日会わざれば刮目して見よと言うらしいが、どうやら女子もそうであるらしい。
「えぇ、そうでしょう。伯爵もよろしくお願いいたしますわ」
エルザは微笑んだ。
エルザはエリクの運転する車に乗って伯爵邸を出た。
「伯爵にも納得いただいたわ」
「左様で」
エリクの返答は短かった。
「エリク、あなたは反対しないのかしら?」
エリクは公爵家の執事の1人でもある。彼の立場からするとエルザの考えに反対するのではとエルザは思ったのだが、彼は全くそのようなことはなかった。
「私はパルテノスの操縦者に仕えております。お嬢様がそうなさるのでしたら、そう致します」
「そういうものなのね」
「はい。ただ、今回のことはお嬢様のこれまでの行動と整合しないことを危惧はしております」
「変なことを言いますのね」
「不合理な行動は精神的崩壊の兆候である場合がございます。操縦者の精神的安定は機体の性能を発揮するうえで重要な要素です」
エルザは笑いを漏らした。
あくまで兵器として性能を発揮できないことを危惧する一環と主張しているのに、妙に心配をしている風なのがおかしかった。
「この間、私はセツトを殺せなかった。殺さなければと思っていたけれど、結局死んで欲しくなくて、槍を引いたの。
あのあと考えたわ。どうしたいのか、どうしていくのが良いのか。
それで、私は彼の味方をし続けることに致しましたの」
「そうですか」
「今回の計画が成功すれば、帝国が彼を討伐する理由がなくなり、私が会いに行っても問題ないことになりますでしょう?」
「そうなりますか」
「なりますわ。セツトが帝国に戻らないなら、私は帝国の外にいるセツトを助ける。帝国の敵にしないようにする。それでいいと思いましたの」
「その意味で整合しているとおっしゃるのですね」
「えぇ」
「かしこまりました、お嬢様」
「……本当に分かってますの?」
「いいえ。私には心というものがありませんので、理解もできません。しかし私はお嬢様に従います」
「そう。ならよろしく」
「はい、お嬢様」




