30 泥棒猫
パルテノスが来た。
円盤ユニット一つを前方に浮かべ、手には光り輝く長槍。
「格闘戦か」
セツトは剣を一本手元に戻し、構えた。
パルテノスは他の機兵には目もくれずにこちらに向かってくる。
セツトもまた、パルテノスに向けて機体を加速させた。
(単なる近接武器か、それともギミックがあるか)
色々な可能性を考えて警戒は怠らない。
激突。
剣と盾がぶつかり、反発したエネルギーの余波が周囲に走った。
パルテノスは、その盾の裏から槍を突き出してきた。
槍の穂先がシールドをすり抜け、エリュテリオスの胸部に迫る。
「んなっ!」
とっさに回避。槍の刃がエリュテリオスの脇腹部分の装甲を抉った。
(今の攻撃、避けなければコックピットに直撃していた……)
それが示すものはエルザの殺意だ。
さらに連続で槍が突き込まれて来る。
エリュテリオスは、手にした剣で槍を防ぐ。防戦一方であった。
(1本じゃ足りない……!)
槍とのリーチの差。貫けない盾。明らかに不利だ。
しかし残り3本をこちらに戻せば、海賊たちが一気に不利になってしまう。
『ちょっと待ったぁー!』
キティの赤い機兵が乱入してきた。両手にビームカトラスを持っている。格闘する気しかないと一目で分かる潔さだ。
『セツトは他を頼む、こいつはあたしが相手する』
「おかしら!?」
(1機で!?)
性能差は分かっているはずだ。本気だろうか。
『海賊には海賊のやり方ってもんがあんのよ』
そう言いつつ、キティ機はパルテノスに斬りかかっていった。
『ぼさっとしてる時間はないわよ!』
「は、はいっ!」
セツトはその言葉に従うことにし、パルテノスから離れた。
「さーて、やろうか。元婚約者さん」
キティは敢えてパルテノスに通信を送った。
『元ではありませんわ。彼を返して貰います』
「あたしたちと来るって決めたのはセツト自身よ。その意思を無視するってのかい?」
『彼は帝国貴族です。意思以前にやるべき義務がありますわ』
「はん」
キティは鼻で笑った。
「意思より優先されるものなんてないさ」
『あなたにとってはそうでしょうね! 裏切り令嬢キティシア・カーリス』
「その名は捨てたよ」
『だから彼にも捨てさせると!?』
「捨てさせるんじゃない。セツトが自分で決めるもんだよ」
『今の状況では同じことでしょう!?』
「力付くでも連れ帰れば意見が変わるとでも? はははっ」
キティは思いっきり嘲笑した。少しでも冷静さを失ってくれればめっけもんだ。
しばらくの沈黙。
効果は十分にあったようだ。
『やはり、あなたと話すことなどないようです』
低い、何かを押し殺した声が返ってきた。
「そうだろうさ、義務を果たさないなら殺すという奴には理解できないだろうからね」
『何を……この、泥棒猫がぁ!』
「残念だけどあたしがもらっちまったよ。あーっはっはっはっ!!」
キティは大いに煽った。
その間もキティ機とパルテノスは戦闘を続けていた。
「さーて、5秒!」
パルテノスとの回線のマイクを切ってキティは叫んだ。つながっているのはいつも通り戦いながら与太話をしている海賊同士の回線だけだが、珍しいことにキティの発言への反応もなかった。
ビームカトラスを振るい、パルテノスと打ち合う。
発言から5秒。
帝国機兵とドッグファイトをしていた海賊たちの機兵の一部が、ついと銃口をパルテノスに向けた。
一斉射撃。
もっともこれは先程シェリー隊がやっていたような精緻な制圧射撃ではない。
パルテノスは全ての射線を読み難なく回避した。
そこにキティ機のカトラスが襲いかかる。
『卑怯者っ!』
エルザが何か叫んでいる。
「お嬢様には刺激が強すぎたかねぇ!」
別に一対一の決闘ではない。
今回はパルテノスの防御を崩せなかったと見てキティ機が飛び退く。
その瞬間遠方からの狙撃がパルテノスを襲った。パルテノスはそれをシールドでガード。
その間にキティ機は背後に回り込もうとしていた。
キティ機は次から次へと海賊たちの援護射撃を得てパルテノスとの戦いを進めていった。
2本のビームカトラスと差し込まれる援護射撃がパルテノスを翻弄している。キティ機とパルテノスの直接通信はいつの間にか途切れていた。
(時間稼ぎは出来るね)
キティは見切った。
パルテノスの盾を突破するあてはないが、やられる気もしない。いかに慣性を無視した軌道ができる機体とは言え、手足の挙動が異なるわけではない。防戦に徹すれば槍を防ぐことは十分に可能だった。
(そろそろ時間か)
まもなく<黒銀の栄光>が惑星を一周してくる。機兵達が着艦するためには戦場から離脱して予め決めたポイントに向かっていかなければならない。コックピット内に表示された退却リミットの時間がすぐそこまで迫ってきていた。
退却する瞬間が最も危険な瞬間である。
「ずっと遊んでやりたいけど、そろそろお暇させてもらうよ」
キティ機以下、戦場にいた全ての海賊機兵が腰に付けていた筒状の何かを発射した。
炸裂。
強烈な閃光が戦場を満たした。
機兵のカメラが光量を調整できずにホワイトアウトする。
その隙を突いて海賊達は戦場を離脱するべく加速を始めた。
「どこまでも小癪なっ」
だが誤算があった。
パルテノスのカメラは光量が増大する一瞬前にそれが閃光弾であることを察知し、瞬時に調節してみせた。
エルザは海賊達が逃げようとしているのを見て、円盤ユニットを動かし、キティ機が飛ぼうとしている方向に盾を発生させた。
目の前のキティだけでも行かせない。
海賊の頭だ。彼女を捕まえればまだ手はある。
盾は狙い通りキティ機を包み込むように半球の盾を発生させた。
(逃がさない!)
エルザは帝国機兵の支援に回していた円盤ユニットも戻そうとしていた。もう半球で完全に包み込めば、もはやキティ機にはどうすることもできなくなる。
だがそこに、同じく閃光の中動くことを許されたエリュテリオスの剣が、キティ機を妨害する円盤ユニットを弾き飛ばした。
キティ機の道が開いた。
「セツト!」
『そうだよ、エルザ』
返答が返ってきた。
パルテノスの目の前にエリュテリオスが立ちはだかった。
海賊達が逃げるための時間稼ぎ、殿軍をしようというのだと分かった。
「どうして! どうして戻って来られないのです!? あの女がなにかしたのですか!?」
とっさにエルザは叫んでいた。
なりもふりもない。これが最後のチャンスである可能性が高いという直感があった。
『いいや、キティは何もないよ。彼女はただ僕の選択を尊重し待ってくれていた』
「なら、何故! 私はあなたと生きていきたいのに、なぜ私を捨てるの!?」
心の底の核心だけを見つけ出し投げつける。
義務よりも身分よりも、エルザにはそのことが耐えがたかった。
『エルザ、すまない』
返答は短かった。
エリュテリオスが機体を翻して去って行く。
エルザは追えなかった。
ただエリュテリオスが遠ざかっていくのを見つめていた。
『……エルザ様、どうなさいますか?』
ウルリッヒの声がした。
「……機兵隊は全機帰投してください」
『はっ。そのぅ、エルザ様は?』
エルザは感情が抜け落ちた声で答えた。
「エリュテリオスを落とします」




