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 テーセウ公爵邸は、セツトが暮らすダイオン伯爵邸から車で十数分の距離にある。

 公爵はこのあたりで暮らす貴族たちの中で最も高位にあり、貴族街の中で最も大きい邸宅を有していた。邸宅の中でも大きい方に属する伯爵邸の、倍以上はあるだろう。

 人が住む星系だけでも数十の星系を束ねる帝国の版図は広い。ほとんどの貴族は帝都に常駐することはなく、各地に点在して帝国の軍事的実力を一手に担っている。この貴族街に住む貴族は、ひとたび大きな戦争になればテーセウ公爵の指揮下に入り敵と戦うことになる一団だった。

 公爵は約400年前に皇帝家から分かれた家系であり、大きな軍事的成功を何度も果たし帝国に尽くしている精強さもあり、帝国からの信頼が篤い。

 なぜそんな大貴族の中の大貴族の令嬢と伯爵の令息にすぎないセツトが婚約者になっているのか。これは帝国貴族の慣例からして明らかにイレギュラーなケースである。

セツトの父、現ダイオン伯爵は、セツトが生まれる前に大きな戦功をあげていた。窮地に陥った帝国軍の部隊を包囲する敵に寡兵で突入し、部隊を救ったのだという。戦功をあげれば栄達につながる。ダイオン伯爵はその考えのもと、セツトに最高の教育を与えようとした。

ここまでは何も不思議なものではない。子弟へ最高の教育を与え軍功をあげさせることは、どの貴族もやっていることだ。

セツトが異なったのは、与えられる教育、機兵戦、戦術論、戦略論はもちろん、数学や科学的な知識まで、すべてをスポンジが水を吸うように習得し、実技においても好成績を示してしまったことだった。

 それは各科目の家庭教師たちを通じてひそかに知れ渡り、ついに公爵の耳にまで届いた。

「君がダイオン伯爵家の神童か」

 5年前、このあたりの貴族たちが集うパーティで突然侯爵に声をかけられた日のことをセツトは忘れることができない。普通、高位の貴族から声をかけることなどないにもかかわらず、侯爵は自らセツトのところまで来たのだ。

「ダイオン伯爵令息セツトと申します。侯爵閣下に置かれましてはご機嫌麗しゅう」

「はは、堅苦しい挨拶などよいよ。エルザ、挨拶なさい」

 そこでようやく、侯爵の後ろに女の子が隠れていることに気付いた。きれいな金髪にブルーグレーの瞳をしたかわいらしい少女だ。少女は侯爵の陰から出てきて、可憐にカーテシーをして見せた。

「はい。エルザです。どうぞよろしく」

「あ、うん。セツトです」

 全く気が利いたセリフが浮かばず、セツトはそう返した。たしか公爵家の令嬢はセツトより2つ年上だったはずだ。かわいいお姉さんの姿にセツトは少しだけ見とれていた。

「エルザ、お友達のところに戻っていいよ」

「はい、お父様。それでは失礼いたします」

 エルザが離れたところにいた令嬢たちのグループに向かって去っていく。セツトはその背中を見送った。

「かわいい子だろう?」

「はい」

「うん、その素直さ気に入った。さっき君の父上とは話を付けてきたのだが、あの子が君の婚約者になることになった」

「……え?」

 セツトの頭から礼儀作法が吹っ飛んだ。

「あの子には素直で有能な若者と結ばれて幸せになってほしいと思っていてね。君がいい」

「いや、あの、閣下、しかし、爵位の格が。納得されない方もいるのでは」

「私は公爵だぞ。そんなやつは全員反対できなくしてやる」

 まさかの強権。

「そ、いや、ですけどですね」

 公爵は、返答に窮したセツトの肩をたたいた。

「気になるなら君が戦功を立てて見合う格になってくれ。侯爵位に登れば不足はないし、その方が私も見る目があったことになる」

 頼んだぞ、と勝手におしつけて侯爵は去っていったものだった。


 そして公爵は本当にその婚約を実現した。反対する者は誰もいなかったという。それが反対できなくされたからなのかどうかセツトが知ることはできなかったが、とにかくそうなった。

 それ以来、時折セツトとエルザは顔を合わせて時間を共にするようになり、今は侯爵邸で騎士鎧のコックピットに二人で収まっている。

「セツトに、騎士鎧をどうやって動かすか、見せてあげるの」

 公爵家の使用人たちはエルザのその言葉を疑うことはなかったから、ここまでなんの障害もなかった。

 エルザは今、操縦席で騎士鎧の起動キーを入力している。セツトはその様子を操縦席の後ろの補助席で見ていた。

 騎士鎧の操縦は一人でできるものだが、偵察をするときや機体を失った者を救助するときなど、もう一つ席があったほうがよいことも多く、窮屈ながら折り畳み式の2つ目のシートを備えているのだ。

 セツトの心拍数が少し早いのは、騎士鎧の実機に乗っているからだけではたぶんない。

「あとは、こう」

 エルザの指がボタンを押し込むと、コクピットがかすかに振動し、シートの前面に外の様子が映し出された。騎士鎧が起動し動けるようになった証である。

「よし。これでいいですわ」

 エルザが後ろを見て、シートから立った。さほど広くないコックピットの中で、セツトとエルザは時折体を接触させながら前後を交代した。

(いいにおいがする)

 もうどっちの原因で心拍数が上がっているのかわかったものではない。

 セツトは操縦席に座り、周囲の操作システムを確認した。

 シミュレーターのコックピットと全く同じだ。左右それぞれにボタンのついたグリップがあり、手で包み込むように持つようになっていた。

 セツトの頭には額から後頭部を覆うヘッドギアがついている。操縦はこのヘッドギアを介して脳波で行うことになる。

(いよいよだ)

 いよいよ動かせる。

 騎士鎧。

 帝国貴族の証。誇り。戦場の支配者。

 エルザが補助席に座るのではなく、操縦席のシートによりかかるようにして後ろから様子を見ている。

 セツトは意を決してグリップを握りしめ、ヘッドギアと騎士鎧を接続するボタンを押し込んだ。

『接続開始』

『操縦インターフェース確認。適正なインターフェースと認めます。』

『操縦インターフェイスを接続しました。』

『操縦者を認証します。』

 操縦席の正面画面に文字が映し出されていく。

 あとは操縦者が貴族と認証されれば騎士鎧は動く。

(あぁ、本当にいよいよ)

 セツトの期待が高まる。

 実際に騎士機が動くというのはどのような感覚なのだろう。

 早く動かしてみたい。

 歩きたい。

 走りたい。

 宇宙を飛びたい。

『エラー』

『不適合』

『接続シークエンスを終了します』

 その文字ですべてが冷えた。

 えらー?

 ふてきごう?

 なにが?

 操縦者認証が?

「そ、そんなはず……」

 ない。

おかしい。

 ありえない。

「もう一度」

 接続開始のボタンを押す。

 しかしやはり同じところで止まった。

 操縦者認証が通らない。それはセツトが貴族の血脈ではないことを示してしまうことになる。

「も、もう一度……」

 声が震える。

 だが結果は変わらない。

「セツト、貸して」

 後ろからしたエルザの声も少し震えていた。

 エルザがセツトからヘッドギアを受け取り、かぶって大きさを調整したのを確認して、セツトは接続開始ボタンを押した。

『接続開始』

『操縦インターフェース確認。適正なインターフェースと認めます。』

『操縦インターフェイスを接続しました。』

『操縦者を認証します。』

 ここまではいいのだ。

 エルザでも動かないならば、どこかが壊れているということだ。

 それなら何問題はない。


『適合する操縦者と認めます。』


 騎士鎧が動き始めた。



あらすじに書いてるのでこうなるのは皆様おわかりかと思いますが、ちょっと丁寧にやってみました。

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