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それから、エルザと何を話してどのように家に戻ったのか、記憶が全くない。

ただ、騎士鎧が動かなかった、という事実だけが心と頭のすべてを占めていた。

機体がエルザの操縦を受け入れたことで、故障という可能性は小さくなったと思う。故障であってほしいという願いを、思考が否定する。

 いろいろなものが頭の中に渦巻いていた。

メイドに体調が悪いと伝えて誰も部屋に入ってこないようにし、セツトはベッドの上で布団にくるまっていた。

眠ろうにも眠れない。

どうしたらいいかわからない。

どれほどの時間そうしていたのかわからないが、ドアをノックする音が、一瞬セツトを現実に戻した。

「セツト、大丈夫?」

 母親の声がした。

 セツトはとっさにあおむけに寝なおし、ただの体調不良のふりを整えた。

 扉が開いて、母親はセツトの答えを待たずに入ってきた。母親はベッドサイドの椅子に腰かけ、ぼんやりとしたふりをしているセツトの顔を覗き込んだ。

「今朝は元気に見えたけれど。風邪かしら?」

「わからないです。今は良くなったけれど、めまいがして」

「そう」

「今日、エルザの家で騎士鎧に乗せてもらったんです」

 ぽつりと漏らしたセツトのつぶやきを聞いた瞬間の母親が一瞬固くなったのをセツトは見た。

(あ、これ何かあるやつだ)

 知ってはならない事情がある。セツトは察した。察してしまった。

「補助席ですよ、もちろん。操縦はエルザです。父上の許しを得てないですから。ただ初めてだったので酔っちゃったみたいで」

 続く言葉で事情をごまかした。

「そ、そう。よくなりそう?」

「えぇ、今はもうそんなに。ただ今日は念のためもう寝ようと思います」

「そうね。そうしなさい。お休み、セツト」

 母親が部屋から出て行った。

 残されたセツトは、妙に頭がさえていた。あるいは狂っていたというべきかもしれない。

 父親がかたくなに騎士鎧に乗ることを許可しなかった理由。

 それはきっと、セツトが騎士鎧を動かせないということを知っていたか、危惧していたということを示している。そして今の一瞬の母親の表情変化。母親も同じだ。

 帝国貴族の血を引いていれば、騎士鎧は動く。

 逆に、帝国貴族の血が入っていなければ、騎士鎧は動かない。

たしかDNAという人間の体の設計図である暗号の一部分に、それを判別するコードが入っているということだったはずだ。

(僕は、帝国貴族の血が入っていない可能性が高い)

 結論はそれしかないように思えた。

 どのような事情か分からないが、両親はその事情を知っていて、これまで発覚しないようにしてきたのだ。

 そんな事情は知りたくもない。

(僕は騎士になれない)

 これまでセツトはそうなるものだと信じてきた。ハルバートをはじめ、家庭教師たちとの勉強や訓練を一生懸命やってきたのもそのためだ。義務感だけでなく、戦功をあげ、エルザを妻にしても不相応と言われない格にたどり着きたいという思いもあった。

 いまや未来はなく、過去のすべては無に帰した。



 同じころ、エルザも自室で膝を抱えていた。

 今日のことは全く予想外だった。騎士鎧の認証は個人を特定するほどのものではない。セツトは問題なく騎士鎧を動かせるはずの人物だったはずだ。

 すっかり消沈してしまったセツトを見送った後、エルザは家の整備士たちにこっそりと壊れていないかの確認や、他人の騎士鎧に乗ることに支障はないことについて確認をしていた。

 故障はなかった。

 そして他人の騎士鎧であっても、帝国貴族である限り動かせることは過去の戦場で実証されているということが確認できた。

 エルザが確認できたのはそこまでだ。エルザの思考は、「なぜ」ではなく「何を」に向いていた。

「何も言えなかった……」

 エルザ自身も動転してしまったというのはある。

 しかしそれでも、一番動転したのはセツトなのだ。それに比べれば自分の動揺など小波のようなレベルに過ぎない。

 エルザは彼に声をかけなければならない立場だった。だって彼の婚約者なのだから。

「でも、何も言えない……」

 今になって考えても、その場しのぎにすらならない言葉しか浮かばない。

 なんて自分は融通が利かないのだろうか。臨機応変に適切な言葉を選ぶことができていたら、どんなにいいだろう。

 後悔が彼女をさいなむ。

(明日、セツトに会いに行こう)

 ただそれでも、彼女はこの先のことを考えることくらいはできた。彼女の思考もまた、ダイオン伯爵がセツトに騎士鎧への搭乗を許してこなかったことへの不審にたどりついていた。

(そして伯爵に理由を聞くわ。聞き出してやるわ)

 エルザの心に灯がともった。

理由を聞き出せれば、次にどうするか考えることができるだろう。



 翌日、エルザがダイオン伯爵家に訪問を告げる先触れの使者を送った。返ってきたのは、セツトが家にいないという知らせだった。


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