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1 模擬戦

どうぞお楽しみくださいませ。


 画面の中央に、敵機であることを示すマーカーが表示された。

 機体のシステムが、その敵機の状況を視覚的に確認できるよう、自動でズーム画像を生成し画面に重ね合わせる。


 人型をした純白の敵機。帝国貴族のみが搭乗を許される騎士のための高価な機体が、こちらに右側面を向けた状態で宇宙空間に浮かんでいる。手にした銃はすぐに射撃体勢に移れるよう備えているが、その銃口はこちらとは反対側に向いている。まだこちらに気付いていないのだろうと思われた。

 もちろん、敵に気づかれないようにしてここまで接近したのだ。こちらは今、周囲に漂っていた船か何かの残骸の陰に隠れていて、向こうからは姿を確認できないはずだ。


 敵機の状況を確認して、操縦者、セツト=ダイオンは音を立てないよう深呼吸をした。

 通信がつながっているわけでもなく、音波が伝わることのない宇宙空間が間に挟まっている以上、彼が息をつく音を出したとて、いや大声で叫んだところで敵機に聞こえることはないのだが、戦いの緊張感が彼にそうさせることを強いていた。


(3、2、1)


 心の中でカウントをし、セツトは機体を残骸の陰から飛び出させて、敵機に銃口を向け、一発、射撃した。

 ビームが一条の光となって敵機へ向かう。不意を突いた一撃。

 しかし敵機はその攻撃が分かっていたかのようにスラスターを噴射させ、余裕をもってビームを回避して見せた。反撃のための銃口がこちらを向く。


 そのころにはすでにセツトの機体はランダムな回避機動を始めている。敵機に近づくことを狙いながら、上下左右に機体を揺らし、ロールさせ、照準を乱す。


 敵機が2度3度とビームを放ってきた。どれもかすりもしない。

 セツトもまた第2射、第3射を行ったが、これも敵機には当たらなかった。3次元で立体的な回避機動を行う機兵にビームを当てるのは簡単な話ではないのだ。このような状況での射撃は、牽制のため、相手に回避機動を強いるために行うのだ。運が良ければ命中しダメージを与えることもたまにはあるが。


 セツトの機体は、回避機動を取りながら徐々に敵機に近づいていく。敵機は逃げるそぶりはなく、その場で回避機動を続けている。その回避機動は派手ではないが、まるでいつどこに射撃が来るのかわかっているかのように無駄なく、しかし確かな余裕をもっていた。

いつどこを撃たれるのかなど、本当にわかっていたらテレパスだ。現実にそんな能力者などいないのだが。

 つまりそれは、それだけ相手が機兵での射撃戦に習熟していることを示している。


 まもなく、射撃戦の距離が終わる。

 銃身の長い銃というのは、適正距離から近づけば近づくほど照準のために大きく動かさなければならなくなり、相手に追従させるのが難しくなる。ある程度の距離まで近づけば、近接武器での攻撃のほうが有効な攻撃手段になるのだ。


 2機がほぼ同時に銃をマウントに収め、近接武器を手にした。武器は互いに槍。穂先にあたる部分は高エネルギー粒子が集約され保持されたエネルギーブレードになっている。

 双方の動きが、射撃を回避するためのものから、近接戦闘での有利な位置を取るためのものに変わった。互いに追い回しあうように回り込みあい、時に槍を差し込んで妨害し、相手の槍を弾く。そうかと思えば距離を取ってから突進して槍を突きこむ。地上で戦うのより何倍も複雑化した駆け引きが繰り広げられていく。空間槍術は騎士の基本科目であり、セツトもこれを得意にしていた。


 何度も槍が打ち合ううちに、セツトの機体は、少しずつ不利な位置、態勢になることが増えてきていた。

 個々の技の練度で大きく負けているとは思わなかった。しかし、相手の出方に対する対処、繰り出す技や工夫の選択といった部分で、相手より劣っていることは否めない。

 このままではジリ貧で負ける。

 わかっているのに打開の手が打てない。打とうとしても封じられてしまう。

 破れかぶれの一撃、というのは選択肢にない。この相手では軽く対処され、とどめの一撃を受けてしまうだろう。

 ほどなくして、セツトの機体がもっていた槍が真っ二つに切られてしまった。


『戦闘終了です』


 システムの音声がコックピットに響いた。

 シミュレーションによる模擬戦の終了を告げる声だ。これが実戦であれば槍を失っても戦いは続く。しかし今回のルールは騎士同士の決闘の作法に倣い、槍を失うか、破壊された方が負けという設定になっていた。


 シミュレーターのコックピットが開いていく。セツトは大きく息をつくと、シミュレーターのシートから立ち上がり、外に出た。おなじように仮想敵機の操縦者も外に出てきたところだった。

 40代半ばくらいの、精悍な男だった。その目がセツトのほうを向いて、満足そうな笑みを浮かべた。


「よく粘っていたな」


 そこに自分が勝ったことへの満足は少しもない。それも当然、彼は機兵操縦技能の家庭教師としてここにきているのだ。

 帝国騎士ハルバート=ローブル。出自はローブル子爵家だが、当代の子爵の弟であり、帝国騎士として叙任されていた。帝国では、爵位を継いでいない貴族の子弟は、必ず騎士として叙任を受けるのが通例なのだ。

 彼は、その機兵戦闘技術で帝国軍に並ぶものなしとさえ言われるほどの人物であった。宇宙一贅沢な家庭教師である。


「はい、ハルバート先生。ご教授ありがとうございます」


 セツトが感謝を述べると、ハルバートは頷いた。


「実機に乗る日が楽しみだな。きっとよい戦果をあげるだろう」

「そうですね。僕も早く乗ってみたいのですが……」


 セツトが言葉を濁した意味をハルバートは知っている。


「まだ許可が出ないか」

「はい」


 セツトは父親からまだ機兵に乗ってはいけないといわれている。

 といっても、なにからなにまで乗ってはいけないわけではない。貴族でなくても扱える機体、機兵にはこれまで何度も乗っていた。

 しかし、帝国貴族にとって機兵とはそのような量産機を指す言葉ではない。

 帝都の専門工場で製造され、職人が調整を加えた、貴族の血を引く者しか操縦できないプロテクトが施された高級機にして高性能機。かつて機械を知らず地上のみで戦いをしていたころ使われていた防具にならい、『騎士鎧』とも呼ぶそれ。貴族にとっての機兵とはそれ以外の何物でもない。


「私も、シミュレーションと実機は異なる、早く実機を経験させた方がいいとは伝えているんだがな。どうも伯爵には考えがあるらしい」


「ありがとうございます」

 セツトはただ感謝を述べるにとどめた。セツトは先日15歳になったところだが、同年代ではすでに騎士鎧に乗ったことのある者のほうが多くなってきている。年下ですらいるのだ。セツトの心に不満が沸くのもやむを得ないことだった。


「私の方でもいつごろと考えているのか折を見て聞いてみよう。だが焦る必要はない。多少実機に乗るのが早かったくらいではどうにもならない技量の差が、すでにできているんだからな」

「はい」


 それもセツトは理解していた。

 特に技量の差がはっきり出やすい近接戦闘では、セツトの技量がとびぬけている。ハルバートに負けるのは全国的に当然というべきであり、彼を相手にして圧倒されず「じりじりと押される」というだけで卓越していると評価することができる。


「さて、それでは先ほどの戦闘のおさらいをしようか」


 ハルバートの言葉に、二人はシミュレーターの脇に置かれた画面へと向かっていった。



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