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プロローグ

「いたか!?」

「いない。どこに逃げやがった!?」

「まだ近くいるはずだ。探すんだ」

「絶対見つけろ、逃がすな!」


 口々に叫びながら男たちが走っていくのを感じとってから、僕はごみの山の陰から這い出した。

 額に生暖かい液体を感じて手で拭う。手には赤いものがついていた。

 服もいつのまにかどこかに引っ掛けたりしていたのか、あちこち破れている。


 ダイオン伯爵令息セツト。

 公式な場の方式で僕を呼ぶとこうなる。ダイオン伯爵の息子であるセツト、ということだ。

 とても今の僕の姿に見合うような名ではない。

 深夜のスラム街で野卑な男たちに追いかけられるような名でもない。

 しかし、ちょっと前まで『伯爵家の神童』と言われていた僕の現実はこれだ。


 もたもたしているわけにはいかない。今はうまくやり過ごしたが、僕を探している彼らが、いつこっちに戻ってこないとも限らない。

 僕は疲れた足を無理やり押し出して、走り出した。

 少しでも遠くへ。奴らに見つからないように。

 目的地なんてなかった。

 伯爵家に戻ることはできない。

 しかし行く当てもない。

 今はただただ逃げることだけを考えて、僕は走っていた。


 深夜ともなればスラム街を歩いている人影はない。

 だからすっかり油断していて、ある十字路で、交差する道路の側から出てきた人影に、僕は激しくぶつかってしまった。

 慌ててよけようとしてバランスを崩し、その人影に弾き飛ばされ、僕は地面に転がった。


「大丈夫かい?」


 女性の声だった。僕を心配する色がある。

 僕は彼女を見た。追手の連中ではない。すくなくとも見たことはない人物だった。

 渋い赤褐色の髪に、炎のような赤目。そして紅の外套。

 全身真っ赤の、豪華な美女だった。

 一目で堅気の一般人ではないとわかる赤さ。僕はその赤さに目を奪われた。


「怪我してるじゃないか。大丈夫かい、立てる?」


 美女が手を伸ばしてくる。

 これが僕と彼女の出会いで、僕の人生の分岐点だった。


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