24 誓約者よ
レガリア・パルテノスのコックピット内で、エルザは目を閉じていた。
「お嬢様、まもなく通常空間に復帰いたします」
「えぇ」
エリクの声にエルザは返事をするが、動きはない。
(やっと追いついた)
思いがこみ上げてくる。
必ずセツトを取り戻すと決めた。
あの時セツトに告げることの出来なかった事実を、エルザは今手にしている。
今度こそ伝えることが出来る。
(あなたは帝国貴族失格なんかじゃない。むしろあなたこそ貴族の中の貴族となるべき人)
彼は今何をしているだろう。何を思っているのだろう。
知りたい。話したい。
(また一緒にケーキを食べよう)
あの日そう約束した通りに。
「ドロップアウト。通常空間です。正面に所属不明戦闘艦及び友軍機の反応を感知しました」
エルザは目を開けてその黒い船を見据えた。
「マスター、友軍機の反応をキャッチしました」
同じ頃、セツトもミツキの声でそれを知った。
「友軍機?」
「はい。地球連邦軍機です」
セツトのこれまで理解したところによれび、それは同じく遺跡から出た機体ということだ。
間違いなく強敵だろう。
「機体データ受信。あれは本機の兄弟機、タイプAパルテノスです」
「乗ってるのは帝国軍人かな?」
セツトの発想は状況からして当然のものだった。
「不明です」
ミツキは推測を挟まず事実のみ答えた。
「艦橋に通信を」
「どうぞ」
「おかしら、あれはこの機体の兄弟機だそうです。僕が行きます」
『分かったわ。船はこのまま加速して潜伏するから、絶対追ってくるのよ』
「はい」
キティの許しを得て、セツトはエリュテリオスを動かして格納庫のカタパルトリフトへと乗せた。
すぐにリフトが作動し、機体を船の外へと押し出した。
「リフトオフ」
機体が離れる。
セツトはゆっくりと飛翔させ、純白の機兵、パルテノスと呼ばれたそれの正面につけた。
パルテノスはその間動かない。一見して何も警戒していないようにさえ見えた。
互いに手には何の武装も持っていない。
「パルテノスから通信要請です。出ますか?」
「頼む」
セツトが応じると、パルテノスのすぐ脇の空中に通信モニターが表示された。
そこに映し出された人物にセットは驚きを隠せなかった。
「エルザ……!!」
(どうしてここに。その機体はなぜ)
疑問が溢れてくる。
「何か、すごく久しぶりな気がするわね」
エルザの顔は穏やかだ。
「そうだね」
「その機兵には慣れたかしら?」
「まぁ、多少は」
「その機体、帝国はレガリアと呼んでいるそうよ。今の騎士鎧を使い始める前の、原初の騎士鎧なのですって。
それに乗れるあなたは、紛れもなく帝国貴族だと言えるわ」
「エルザ、それは……」
「だからセツト、私と戻りましょう?」
エルザにセツトを非難するような色は全くない。
ただただ彼女の本心なのだろう。
一切の打算もないその言葉に、セツトはきちんと向き合わなければならないと思った。
「帝国貴族たるもの、騎士鎧に乗り弱きを助ける民の盾となる、そう思って生きてきた」
セツトはすぐに答えを言わなかった。
「エルザ、明らかに釣り合っていない君が婚約者となって、正直僕はうれしかった。それに見合う帝国貴族になろう、そう思っていたんだ」
エルザは口を挟まずに聞いてくれている。
「幸せな時間だった。ただただ浸っていればよかった。けれど」
セツトは言葉を区切った。
「僕は、その世界が何かの拍子で崩れてしまうような、ガラスの上の世界だということを知らなかった。 自ら得たものでなく与えられていたものに過ぎないことに気付いていなかった。
僕は今、与えられたものではなく、自分自身で、未来を掴みたい」
(あぁエルザ。君とケーキを食べて笑っていられたのなら、どんなによかったか)
セツトの胸に満ちるのはは郷愁だろうか。それとも、エルザの想いに応えられない罪悪感だろうか。
それでもセツトはもう決めていた。
「僕は帝国には戻らない」
セツトはその決意を告げた。
その言葉はエルザにとって悪魔の福音だった。
戻らない。
どうして。
騎士になるのはあなたの夢ではなかったのか。
頭のなかで思いが渦巻く。
なぜ。なぜ。なぜ。なぜ。なぜ。なぜ。なぜ!なぜ!なぜ!!!!
「なぜ!!!!!」
全てを言葉にできないままエルザは吐き出した。
とうして。私はこんなにもあなたと生きたいと思っているのに。
どうして伝わらないの。
私はあなたと生きると誓っていたのに。
あの女か。あの女海賊が何かしたのか。
(いいえ、今はそんなことを言っている場合じゃない。家に戻れば、きっとわかってくれるはず。だから今は力ずくででも)
今はそれでもいい。このまま手の届かないところに行かれてしまったらきっと手遅れになる。
エルザは心の底からの叫びを口にした。
「私は、あなたを、必ず連れ戻す!!」
(この誓い、手伝ってもらいますわよ、誓約者!)
エルザの声に応え、パルテノスが戦闘態勢に入った。
機体の各部に備え付けられたユニットが離れ、浮かび上がった。
それはエリュテリオスの剣とは異なり小さな円盤形をしていた。
「もういい。言い分はあとでゆっくり聞きますわ」
セツトをにらんでから、通信を切った。
言葉でなく機兵によって語るしかない。
セツトのエリュテリオスも、背中に翼のように備えられていた剣が脱離し、その切っ先をパルテノスに向けた。




