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21 嵐が来る

「おかしら、これなんですが」


 キティがキュークに呼ばれて艦橋に入ると、モニターに観測できる限りの周辺の風向風速図が表示されていた。


「風向きが変わってきたわね」


 数時間前にキティが艦橋で見ていたときは真横からの風だったはずだが、今は斜め後ろからの風になっている。船の進路は変えていないから、風向きが変わっているのだ。


「へい。次元圧計も下降してきてやす」

「嵐か」


 超空間の風は一定ではない。方向も速度もどのようにでも吹き、たまには『嵐』と呼ぶにふさわしい暴風が吹き荒れることもあった。


「嵐かと」


 嵐は船の天敵である。船が耐えられないほどの強い風は当然として、乱気流にも見舞われ、時には現在地を見失ってしまうこともある。できることなら惑星に、通常空間に逃げ込んでやり過ごしたいところだ。


「最悪。星系図出して。逃げ込める惑星はないかしら?」

「へい。……ひとつありやした」


 恒星系の概略図から一つの惑星がハイライトされた。


「他は間に合いやせん。嵐に飲み込まれやす」


 キティはその惑星の情報を見た。

 巨大なガス惑星だ。衛星は4個。小規模な採掘基地程度はあるようだが、大きな居住地はない。

 キティは大きく頷いて、右手でソファのひじかけを強く叩いた。


「はめられたわ!」

「へい、そうかと」

「セツトを呼んで。話さないと」

「へい」


 セツトは自室で誰かに借りた本を読んでいたらしく、すぐに艦橋にやってきた。


「何かありましたか?」


 なにかあったのは分かっている様子だ。


「前方から嵐が来るわ。超空間から出て惑星に退避した方がいいのだけど、今から逃げ込めそうな惑星は一つしかない」

「なるほど」

「今このあたりに嵐が来ているということは、あたしたちが超空間に入った頃には、外縁部に既に来ていたはずよ。あたし達を追う帝国軍は、その時既にこれを知っていた可能性が高い」


 嵐は星系の外から来る。当然、嵐を最初に察知するのは、恒星間航行でやってくる船か、これから恒星間航行をしようという船だ。その船が嵐を察知して外縁の惑星に避難をすれば、その報告は星系内に共有されるだろう。


「あたしたちが今まさに避難したいと思うこの惑星、帝国軍はここに先回りできるってことよ」


 セツトの顔に理解と驚愕の色がひらめいた。


「じゃあ、待ち伏せですか?」

「そう。本当に厄介なことに、あたし達はそこに行くしかない」

「……超空間でやり過ごすというのは?」


 セツトが読んでいた超空間航行術の本には、超空間での嵐の対処として一般的なもののひとつとして帆を畳んでやりすごすといった方法や、最小限の帆を張って帆走する方法が記載されていた。惑星への退避は一番望ましいものとされるが、他に方法はあるはずだ。


「周囲に敵しかいない状況で、現在位置が分からなくなることはできない」

「!」


 それはセツトの盲点だった。たしかに周囲が味方ばかりなら、味方の船を見つけて拾ってもらえる可能性がある。

 ただ<黒銀の栄光>はダメだ。たちまち戦闘である。


 現在位置が分からないまま航行することは出来ない。それは永遠に通常空間に戻れず超空間を漂うことになる可能性が高い自殺行為である。


「つまり、待ち伏せられている可能性が高い惑星に向かうしかないわけですね」

「そういうこと。戦いになるわね」


 キティは帝国軍がいない可能性については言及しなかった。その時はラッキーと喜べば良いだけだからだ。


「なるほど。よく分かりました」


 セツトはキティを見た。

 キティはなんてことはないいつも通りの顔をして座っている。


 豪胆で公平。

 それがこれまでセツトがキティを見てきて得た印象だ。

 帝国領の奥深くまで踏み込んでくる豪胆さ。

 船内の乗組員の扱いや、セツトに対してきちんと選択する余地を与えることから分かる公平さ。

 今も『一緒に戦おう』とか『あんたの機兵頼りにしてるよ』とか言えばいいものを、言わずにただ状況説明しただけで終わらせようとしている。


 帝国軍が待ち伏せているからにはこちらより優勢な数を揃えるはずだ。エリュテリオス無しでどうにかするのは非常に難しいかもしれない。加勢は喉から手が出るほど欲しいはずだ。


 言葉と情で絡め込んでセツトがそう言い出すように仕組むことだって出来るだろうに。

 キティはそれをしない。

 自分で選べと伝えてきている。初めて会ったときからずっと。


 セツトは席から立ち上がると、キティに向き直った。


「おかしら、いえ、海賊船<黒銀の栄光>号艦長キティに申し上げたい」


 キティは最初目線だけを動かし、セツトの真剣な表情を見ると、自らも立ち上がり正対した。


「なんだい、セツト・ダイオン」

「僕を<黒銀の栄光>に乗せてください」


 返事はすぐにはなかった。

 今乗っているじゃないか、などと揶揄することもない。艦橋の誰かからさえその気配はない。


 少しもったいぶって、キティが口を開いた。


「あたしらの船は海賊船だ。船は襲うし、積荷は奪う。無駄な殺しをしようとは思わないが、追ってきた帝国軍と戦って沈めることもあるし、商船護衛の機兵を落とすことだってある。

 あたしの船に乗るからには仕事をしてもらう。セツト、あんたは何ができる?」

「数学、物理、戦術立案、超空間航行の支援などができます。

あぁ、それと、機兵の操縦ができます。自前の機兵だってある」


 セツトはにやりと笑った。

 初めて会ったときにも似たようなことを言ったはずだが、今それを口にする気持ちは全く異なる。

 自分で選ぶ。

 なんと心地良いのだろうか。


「そうかい。そりゃあ今ちょうど欲しいと思ってたやつだ。よしセツト、あんたは今から、あたしらの仲間だ」


 キティがセツトの肩を叩いた。


「よっしゃあ! ディオン、賭けは俺の勝ちな。ほらな乗り続けることんなったろ!」

「くそキューク死んじまえ」


 なんか聞こえた。


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ああ、キュークこんなところで……
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