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20 <黒銀の栄光>VS<ラデッタ>

「今回のやつ、あのお坊ちゃんが立案者だって?」


 キュークが<黒銀の栄光>の食堂で飯を食っていると、仲間の一人が声をかけてきた。

 キュークがそいつをちらと見ると、そいつはキュークの目の前の席にトレーを置いて座った。


「ダンテ、お前さん機兵庫係だろ、今忙しいんじゃないのかい?」


 今頃は機兵たちが接舷した商船からめぼしい積み荷をこちらに乗せ換えているころのはずだ。当然、機兵のメンテや格納庫を預かる配置の男が暇なはずがなかった。


「暇な操舵手に話聞いてくるって抜けてきた」

「さぼんじゃねぇよ」

「さぼりじゃねぇよ、偵察。情報収集だ」

「へぇー、じゃあ酒一本な」


 キュークがずずーっと蕎麦をすすった。


「高えよ」

「俺が歌うかどうかで情報収集なのかさぼりなのか決まンだろ」

「ちっ、分かったよ。聞きてぇのはよ、あの坊ちゃんはどうなのかってことだ」

「どうするつもりかなんざ本人に聞け」

「酒一本の価値分の情報くらいよこせ。別にどこかで降りるんならいいが、乗り続けるなら大事なことがあんだろ?」

「そうだな。今仕込んでる作戦はあのガキの計画だよ」


 キュークはダンテがした一番最初の質問に答えた。


「それで?」

「バカじゃあなさそうだ。一通りお勉強もできる。恩と義理も知ってはいそうだ。あえて言うなら覚悟と荒っぽさが足んねぇが、そこは今後に期待だな」

「シェリー姐さんとひと悶着したって聞いたんだが?」

「そりゃガキの方じゃねぇ。ひっついてる黒い方のガキだ。まぁちょっかいかけようとした姐さんが悪いよ」

「ははぁ。姐さんああいうかわいいの好みだもんな。お頭の方はどうよ?」

「そりゃあ酒一本じゃ言えねぇ」

「ちっ、だめか」

「おうよ。もっと値段吊り上げねえとな」


 キュークが立ち上がった。もう値段分は話した、ということだ。


「ありがとよ」

「あぁ、最後に一つ。あいつたぶん、このまま乗るぜ」

 言い残して、キュークは食堂をあとにした。




 食事を終えてキュークが艦橋にもどると、例のガキことセツトは艦橋にいた。キティはいないようだ。


「まだいたのかい」

「はい。気になってしまって。ここにいたら流れてくる通信でいろいろ分かりますから」

「今どのへんだい?」

「自動航行プログラムの設定が終わったところです」

「お、じゃあ撤収作業はいるとこだな。さて、いよいよ俺の腕の見せどころか」


 商船から撤収すれば、そこから作戦の一番重要な部分が始まる。キュークの操舵手として大事な仕事は、そこで<黒銀の栄光>に商船のふりをさせることである。


「はい。よろしくお願いします」

「おう。楽しくなりそうだねぇ」

「楽しいですか?」


 セツトの質問は疑問というより確認に聞こえた。


「あぁ、楽しいね。フリゲートを商船に見えるように動かすなんて、並みの操舵手にはできねぇ芸当さ。帝国軍が騙されたいと思うような華麗な動きを見せてやるよ」

「……向こうは騙されたいとは思わないのでは」

「騙されたくない、正解を引き当てたいと思う奴はもう騙されてんだよ。一番厄介なのは騙されてたらどうするかまで考えて騙される奴だ。そういう奴との戦いは楽しいもんだが、そういう奴は騙されたいと思わせるくらい上手く騙してやらないと見破っちまうのよ」

「見破られるのは困りますけど。騙されてたらどうするか、ですか」

「そうよ。騙されたから降参だなんてあきらめのいい連中は帝国軍にはいねぇぞ。そこんとこ楽しんでいこうぜ」

「わかりました」


 頷きはした。セツトにとっては自分で立てた初めての作戦である。

 うまくいくだろうか。うまくいくはずだ。不安はある。とても楽しもうという気持ちにはなれなかった。


 ほどなくして、海賊の機兵たちがすべて<黒銀の栄光>に戻り、発進準備ができたことが知らされてきた。

 艦橋に戻ってきたキティの号令の下、<黒銀の栄光>は商船の振りをして加速をはじめた。少し遅れて、商船が設定されたとおりに帆を開き、加速し始める。

 帝国軍のスループ艦は、レーダーで二つの船の進路をしばらく観察しているようだった。


(どっちに行く……?)


 ここが最も重要なポイントである。風上の船を追うか、風下の船を追うか。

 それによってセツトの計画が生きるか、無意味だったかが決まる。

 スループが動き出し、風下に向かう船に向けて進路を取った。


(やった!)


 セツトは心の中で快哉を叫んだ。

 スループ艦は騙されてくれたのだ。風上に向かう<黒銀の栄光>の演技に。

 だが艦橋に声を上げるものはいない。

 全員、帝国軍のスループ艦の動きを見ながら、じっと押し黙っていた。


(騙されてたらどうするか、か)


 セツトはキュークの先ほどの言葉を思い出した。確かにまだ喜ぶには早かった。

 二手に分かれた船で迷わせる。<黒銀の栄光>は自動航行で風上に登っていく商船のふりをし、風下の商船を<黒銀の栄光>と判断したスループ艦に対して風上の有利な位置を取り、追い詰めて降伏させる。

 それが計画のすべてだ。


 どちらが<黒銀の栄光>か騙すのは第一段階。本番はここからだといってもいい。


「キューク。どのタイミングで転舵したら最も早くスループを捕まえられるか、計算しといて」

「へい」


 キティが指示を出した後、全員がレーダー画面に注目していた。

 まっすぐ走っていく商船と、それを追うスループ。スループは商船との距離を縮めようとしていて、目視で船の形を確認するつもりのようだった。

 騙されている可能性をきちんと考えられている敵だということがわかる。


 その間も<黒銀の栄光>号は風上に向かって斜めに切りあがっていく。

 そろそろキュークが計算して出した回頭位置だ。


「面舵いっぱい」

「へい、面舵いっぱーい」


 <黒銀の栄光>が回頭をはじめ、船首を風下に向け始めた。

 レーダー画面上のスループ艦の脇に「1:54:28」という数字が表示された。お互いにこのままの進路を取った場合における追いつくまでの想定時間である。


 まだ速度は商船としてあり得る範囲に抑えられている。

 スループ艦は引き続き風下の船を追い続け、商船を目視可能と思われる距離へと近づいていく。

 もうそろそろだろう。


「スループ、転舵!」

「商船の振り終わりやす!」


 スループが<黒銀の栄光>に風上を取られたことに気づいた。スループが<黒銀の栄光>から遠ざかるよう逃げるコースを取った。捕捉の想定時間が一気に数倍に増えた。

 それを見てすかさず<黒銀の栄光>が帆を張り増して、フリゲート艦本来の速力を発揮し始めた。想定時間が今度はみるみる減っていく。


 スループも張れる限りの帆を張っていることだろう。しかし、追い風を受けて走るフリゲートにはどうがんばっても追いつかれてしまうことになる。


 <黒銀の栄光>とスループ艦の距離が縮まっていく。


船首追撃砲(バウチェイサー)、よーい」


 艦首に4門だけ備え付けられた、追撃戦用の砲にエネルギーが充填されていく。ほとんどの砲が側面に並んでいる中、例外的に前に向けて備えられた大砲である。

 今のように前を行く船を追いかけるときに使うための長射程の砲だ。


「自由にぶっぱなしな」

「へい!」


 キティのお墨付きを得て、砲門が開き、すかさずビームが放たれた。

 4本のビームが、スループめがけて走っていく。ビームは超空間の風に拡散されながらも、目標にたどり着き、そのうちの一本が帆に命中した。


 エネルギー帆とビームが激突し、光が散る。帆はビームに影響されずそのままのように見えるが、ダメージは多少蓄積されているはずだ。


「敵艦転舵!」


 スループが風上に向かって切りあがるように転舵した。<黒銀の栄光>の風上へ回り込もうとするかのような動きだ。


「合わせな!」

「へい!」


 すかさずキュークが船を操作し、<黒銀の栄光>を風に対し横に向けた。

 スループは風上に向かってぎりぎりの角度で切りあがってくる。だがこのままいけば、スループは<黒銀の栄光>の舷側砲列の前に頭から突っ込んでくることになる。


「左舷砲列」


 キティが一言で命じた。このまま突っ込んでくるなら、左舷での斉射をお見舞いしようというのだ。


「へい、左舷砲列エネルギー充填!」


 スループ艦が射程距離へと近づいてくる。


「左舷全砲門ひらけー!」


 このまま来るか。そう思われた瞬間、スループ艦が動いた。


「敵艦上手回し(タッキング)!」


 スループが船首を風上に向けたまま旋回し、風を受ける向きを変えた。機敏に動くことができるスループ艦らしい機動だった。

 スループ艦は<黒銀の栄光>の砲列をかわしその艦尾を通り過ぎていくルートに入った。


「取舵いっぱい」


 キティは即断した。<黒銀の栄光>は艦首を風下に向け、スループと側面同士を向けてすれ違うコースを取った。


「すれ違いざまに斉射、そのまま下手回し(ウェアリング)よ」

「へい!」


 2つの船が近づいていく。スループ艦も左舷の砲門を開き、射撃準備を整えていた。


 差は歴然としている。

 <黒銀の栄光>の砲が片舷16門あるのに対し、スループはそれよりも小さい砲が6門並んでいるだけだ。


「撃て」

一斉射撃(ブロードサイド)()―!」


 それぞれの艦橋で、キティとヴェルパーが同時に命令を下した。

 両艦合わせて22門の砲が極太のビームを放った。

 ビームが交差し、獲物に襲いかかる。

 狙いは互いに大きく広げたエネルギー帆だ。ビームの直撃を受けた帆には穴が開き、帆を維持するハイパーセイルドライブへのダメージとなり、帆走能力が下がる。


 この撃ち合いは<黒銀の栄光>に分があった。

 そもそも砲の数が違う。一つ一つの砲の大きさも違う。撃ち合えばスループの損害の方が大きくなるのは必至というものだった。


 スループ艦はこの一度の撃ち合いで帆に多くの穴をあけられてしまった。一方の<黒銀の栄光>の帆はそれほどでもない。

 互いに帆を狙って撃ったにもかかわらずの損害差だった。


 帆に多くの損傷を受けたスループの速度が落ちた。


 <黒銀の栄光>が円を描いて旋回し、スループを船尾から回り込んで並走する位置につけた。

 一方のスループは、降伏を選択することなく、右舷の砲門を開き、斉射しようとしていた。戦意を失っていない。


「船体を狙いな」


 キティの命令は短い。

 それは帆ではなく船体の破壊を目的とした攻撃をするということである。


 スループが斉射した。そのビームは<黒銀の栄光>の帆に再びいくつかの傷をつけた。


「準備良し。撃ちやす」


 <黒銀の栄光>が斉射した。16本のビームすべてがスループに命中し、その耐ビームコートの施された装甲を紙のように砕き、船体すらあっさり貫き、反対側へと風穴を開けた。


 そのうちの2本が、3つあるスループの動力炉のうち2つを貫き、艦内で小規模な爆発を引き起こさせた。

 スループの帆を維持するエネルギーが足りなくなり、すべての帆が消失した。


「2つの動力炉を破壊しやした」


 これで、スループは事実上無力化した。必要な補修や調整を行えば何枚かの帆を張ることはできるだろうが、それには長い時間を要することになるし、速度もたいして出せない。


「終わりね。離脱するわ」

「へい」

「ダメージは?」

「しばらく帆走能力が7%下がりやす」

「早めに直しな。時間も結構かせがれちまったね」

「そうすね。必要な時間でした」

「そうね」


 キティはセツトの様子をちらりとみた。

 セツトは無言で艦橋のモニターを見ている。喜んでいるようには見えなかった。自分の作戦で帝国の船を攻撃し死傷者を生じさせたという事実を受け止めるのは容易ではないだろう。


 しばらく放っておこう。キティはそう決めた。

 こういうものは、自分で受け止め方を決めねばならないのだ。


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