19 帝国軍艦長のジレンマ
<黒銀の栄光>が急に方向転換したのを見てか、獲物となった輸送船(仮)も逃げるように舵を切った。
「旋回と加速が早い。間違いなく戦列母艦じゃないね」
その動きを見てキティがつぶやいた。
「へい、じゃあいつも通り停船させやすね」
「そうしとくれ」
輸送船(仮)と<黒銀の栄光>の距離が次第に詰まっていく。
哀れな輸送船(仮)を助けてくれるような船はない。帝国軍のスループは<黒銀の栄光>を追いかけてきていたが、順風を受けて駆け抜ける<黒銀の栄光>に追いつけるはずもない。
「カメラとらえやした。映像だしまーす」
艦橋のモニターに外部カメラがとらえた敵船の様子が映し出された。
超空間の風に光が散らされ、真っ暗な中にぼんやりと光を放つ帆の姿が浮かび上がっている。
夜の霧の中で見ているようだった。
敵船との距離が近づくにつれて次第にその姿がはっきりとわかるようになってくる。
フリゲートよりはやや大きく、ずんぐりとした船体構造をしている。
予測したとおりそれは軍艦ではなかった。
「左舷で並走するコースにつけやす」
「左舷砲列、エネルギー充填はじめやす」
「機兵ども、甲板のぼれー!」
海賊にとって船の襲撃は日常茶飯事である。
熟練の海賊団らしく、キティの部下たちは指示を待つことなく準備を完了させていった。わざわざ発声しているのは、どういう状態にあるか全員に知らせるためである。
「左舷エネルギー充填よし、全砲門ひらけー!」
<黒銀の栄光>の左舷側にある装甲の一部がスライドし、その内部のビーム砲が姿を現した。ビーム砲が内側からせり出して、左舷側に一列の砲列ができあがった。
「停船命令送信すんぞ」
いつでも攻撃ができる。
その状況を整えてから、敵船へと通信が送られた。
『こちらパイレーツフリゲート<黒銀の栄光>である。ただちに帆を畳み停船せよ』
ほどなくして輸送船の帆が消えた。輸送船の速度がたちまち落ちていく。
<黒銀の栄光>はするりとその隣に並び、帆を畳んで速度を合わせた。
「銛鉤打ち込みます」
<黒銀の栄光>の左舷から太いワイヤーのついた銛が放たれた。銛は敵船に突き刺さったあと、その先端が開き、敵船をがっちりと掴んだ。
「飛び移れ!」
船の外で待機していた機兵たちが、ビームアックスを振りかざしながらワイヤーを伝っていき、敵船に乗り移っていく。機兵の足が敵船に付き、吸着した。
『貨物ハッチを開けよ』
わざわざ脅しの文句をつけるまでもない。機兵が船に取り付いてしまえば、もはや敵船に防御の手段はなかった。
貨物を船内に積み込むためのハッチが開けられ、海賊の機兵たちがそこから中へと入っていった。
鮮やかな手並みだった。
「海賊め、好き放題やりやがって」
帝国騎士ヴェルパー・クラークは、スループ艦<ラデッタ>の艦橋で歯噛みしていた。
仕方のないことではある。
ヴェルパーの率いる<ラデッタ>の任務は海賊船<黒銀の栄光>の監視と追跡であった。商船を襲うのを妨害しようにも、妨害することができる位置にすらつけなかった。
(一目散に逃げるのならかわいげもあるものを。スループ程度など意に介さないとでも言いたいのか)
わざわざ見せつけるために襲撃したとしか思えなかった。
侮られている。
おちょくられている。
(この代償は必ず支払わせてやる)
ヴェルパーは決意を新たにした。絶対に逃がさない。
海賊たちは商船に足を止めさせて接舷した。いまごろは積み荷を奪っているのだろう。
「よし、帆をたため」
ヴェルパーは<ラデッタ>の足を止めさせた。
海賊が商船の相手をしている間に、<ラデッタ>は海賊船との距離を詰め、風上の真上の位置取りを取り直すことができた。
<黒銀の栄光>は、速度差を生かし長い時間をかけて作った<ラデッタ>との距離を再び振り出しに戻してしまったのである。
今の状況下において<黒銀の栄光>が商船を襲うというのは、時間を無駄にすることと同義だと思えた。
「それほどまでに物資がなかったのでしょうか」
士官候補生エドワード・トロワが質問をしてきた。彼を一人前の士官にすることもヴェルパーの重要な仕事の一つだった。
「なぜそう思うかな?」
「今連中が商船を襲うのは、逃げる上では完全に有害です。ああしている間に本艦は風上真上を取り直せましたし、友軍が待ち伏せの網を完成させる時間的猶予も作ってしまったと思います」
「うん」
続けろ、とヴェルパー。
「そのようなリスクを払っても襲わなければならない事情があったものと推測しました。それは、エネルギーや食糧などが足りていないのではないか、ということです」
「それで奪いにいかざるをえなかった、と」
「はい。恒星間を航行できるだけの資源を確保するためにやむを得なかったものと」
「一理はある。だが断定は危険だ。罠かもしれないし、奴らはアウトローらしく、我々軍人では理解できない考えでことを起こしたかもしれない」
「なるほど。ご教授ありがとうございます」
ヴェルパーはうなずいた。ヴェルパーにとっても今の会話で考えの整理ができた。
何か罠を仕掛けるためとの可能性が高いと思った。仮に資源が足りなくて船を襲ったのだとしても、その上で罠に仕立て上げてくるはずだ。海賊とはそう言う連中だ。
一刻も早く駆け抜けて逃げ切る、とは対極の、<ラデッタ>をどうにかして<黒銀の栄光>を見失わせる、あるいは撃破するという罠だ。
ヴェルパーは注意深く待った。
超空間レーダー上で、<黒銀の栄光>は商船と一体となって一つの点となっている。それをじっと見つめた。
「動いたぞ」
その点が二つに分かれ動き始めた。
一つは風上に向かって切り上がっていき、もう一つは反対に風下へと進み始めた。
どちらかが商船で、どちらかが<黒銀の栄光>だ。
加速度は風下に向かう船の方が大きい。これは風を受ける向きによる違いと考えられる程度の違いで、どちらもフリゲートではありえないほど遅いことには違いがなかった。
「商船の振りを始めたか」
ヴェルパーはつぶやいた。見極めなければならない。
「どっちだと思う?」
ヴェルパーはエドワードに振った。彼の意見を聞きながら自分の考えを固めようと思った。
「本艦が風下に向かう方を追った場合、風上に向かっている方こそが本命だったとき、本艦は連中に風上を取られ窮地に陥る可能性があります。ここは風上の方が連中だとして動くのが安全ではないでしょうか」
「そうだな。安全だが、逆だった場合には連中は一気に本艦を振り切ることができてしまうことになる」
ジレンマである。
なにか決め手になる情報はないだろうか。
ヴェルパーは映し出される情報を見て考えた。
「……よし」
ヴェルパーは決めた。
「連中、商船はプログラムを組んで自動航行させているはずだ。だが自動航行で切り上がっていくのは難しい。角度を風上に向けすぎれば帆が推進力を得られず止まることになってしまう。確実に進めさせるには余裕を持った角度にしなければならない。ちょうど、あのくらいのようにだ。また、軽いフリゲートにしては横流れが小さいようにも見える。
そして、もし私の予想が外れ、風上が本命だった場合は挽回が可能だ。本艦の切り上がり性能であれば追いかけて捕捉できる。やつらを絶対にフリーにしないためには、風下の船を追うべきだ。皆、よいな」
ヴェルパーは、敵をフリーにさせないことを選んだ。エドワードが危惧したように風上から襲ってくるのなら、時間を稼ぎ戦うのみだ。我々が時間を稼いだ分だけ最終的に友軍が連中を捕捉する可能性は高まるのだから。
ヴェルパーは、自艦の安全ではなく、最終的な目的達成の可能性により方針を決した。
それが帝国貴族のあるべき姿であると彼は信じていた。
「イエッサー」
「よろしい。では展帆だ。光学観測できる距離まで近づくぞ!」
どんなにそれっぽく航行しようとカメラで見れば間違えようがない。
<ラデッタ>は風下へ向かっていく船影にむけて加速を始めた。




