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16 海賊は逃げる

 海賊船<黒銀の栄光(ブラック・シルバー)>号。

 それがキティたちの宇宙船である。戦列母艦に比べると二回りくらいは小さく、細い。帝国軍の艦種で分類すればフリゲートに属するだろう。機兵搭載量よりも快速性が重視された船だ。

 海賊船は、キティたちの機兵を回収するや否や加速を開始し逃走を始めていた。


 エリュテリオスから降りると、セツトはキティに連れられて艦橋へと向かっていた。


「ところで、なんであんたまで来るのよ?」


 キティは、ミツキをにらんだ。さも当然という顔をしてついて来ようとしたからだ。


「私は操縦の支援をする役目のほかに、機体から降りた操縦者を護衛する役目も負っています。常にマスターについていくのは当然のことです」

「ほほぅ、あたしの船に危険があるとでも?」


 喧嘩売ってるなら買うわよ、とキティ。


「否定します。船は危険ではありません。把握できる限りにおいて精査いたしましたが、安全に超空間航行を行える、よく整備された艦であると確認しております」


 ミツキはそれに対抗しない。急に船を褒められて、キティが照れた。


「ほ、ほうほう」

「こうした機械は危険を生じさせません。この場合において危険を生じさせる可能性があるのは、人間です」

「……やっぱ喧嘩売ってる?」

「私があなたに戦闘行為を申し込む理由はありません」


 キティはじっとミツキをにらんだ。


「あんた、何?」

「以前名乗りました通り、エリュテリオス専用支援AI搭載アンドロイドです。今の質問の目的に適うように回答するのであれば、私は感情を持たず論理的思考を行う機械のようなものです」

「感情がないってこと?」

「はい。ただ、それについての知識は保有しておりますので、たとえば」


 と言った瞬間、ミツキの表情が変わった。完全な無から、不敵に笑う挑戦的な笑顔へ。


「私の目が黒いうちは、私のマスターを誘惑できるだなんて思わないことね?」


 と、キティに挑戦状をたたきつけた。視線がぶつかって火花が散った。

 しかしそれは一瞬のことで、もとの無表情に戻る。


「と、感情があるように振る舞うこともできないではありません。マスターが望むならそう致しますが?」


 どうします、とセツトに問いかけてきた。

 冗談ではない。

 今の一瞬のようなバトルをずっと見せられるかもしれないなんて絶対にごめんだ。


「お願いだから今のままでいてほしい」

「承知しました。マスターはこういう強気なタイプが好きなのではないかと推測したのですが誤っておりましたか?」


 こういう、とミツキはキティを指さした。


「うん、嫌いじゃないけどそうじゃないんだ」

「そうでしたか。よかったですね、キティ。マスターはあなたのように強気なのが好きなのではなく、あなたが好きなようです」

「きゅ、急に何言ってんだい」


 キティの顔が赤くなった。


「マスター、どうやら」

「待って、ミツキ」


 セツトはミツキの言葉をさえぎって止めた。放っておくと爆弾発言を連発しかねない怖さがあった。


「あまり、何もかも言わない方がいいと思うな」

「なるほど。失礼いたしました。発言の必要性に関する評価方法を見直させていただきます」

「そうして欲しい」


 そういうちょっとしたトラブルはあったものの、無事艦橋にたどり着いた。

 セツトは宇宙船の艦橋には初めて入る。何度か乗ったことはあったが、いつも客室にいて、艦橋に立ち入ることはなかった。


 艦橋へ続くドアが開くと、正面に星の海があった。正面、側面、それに床と天井の一部にも外の光景が映し出されている。もちろん、直接外を見ているわけではない。戦闘艦であれば艦橋は船体の中心軸に沿った奥深い場所にある。これは外周のカメラで撮った映像を合成し映し出しているのだ。


 楕円形を半分に切ったような形の艦橋の中心は一段高くなっていて、場違いに豪華なソファがあった。もちろん色は赤い。


「おかえりなさい、おかしら」


 キュークがステアリングから手を離さず顔だけ向けてきた。


「ただいま。追手はついてる?」

「通常空間で追ってきてるやつはいないすね」

「じゃあ超空間で追っかけっこね」


 キティはソファに腰を下ろした。


「で、セツトの席は?」

「え?」


 キュークはすっとぼけた。


「あたしの隣って言ったじゃないか。なんで用意してないの?」

「え、いや、えー」

「しょうがないやつね。セツト、ここおいで」


 キティは自分のすぐわきのソファの座面をたたいた。確かに詰めれば座ろうと思えば座れるだけのスペースはある。しかし窮屈じゃないだろうか。ましてや婚約者でもない女性とそんな近づいて座るなんて。


「ほら。早く」


 ばんばん。


 セツトは観念して指示されたとおりに座った。


「ミツキは―――」


 キティが艦橋を見まわしてどこにしようか探したが、


「私はここで結構です」


 とミツキは勝手にソファの斜め後ろに立った。


「そう」


 キティはミツキにとやかく言わないことにしたらしい。


 モニターに表示されている概略図を見ると、船の現在位置は月から離れ惑星へと向かっているところだった。図には、惑星と月のちょうど真ん中ほどの距離のところにドーナツ状の帯が描かれていた。

 <黒銀の栄光>号はその帯に向かって航行していた。


 その帯は、宇宙船が通常空間から超空間へ転移できるエリアを簡潔に表したものだ。宇宙船はこのエリアから超空間に入り、通常空間では達成不可能な高速度で移動することができるようになる。

 超空間を使わなければ、隣の惑星に行くことさえ膨大な時間がかかってしまう。惑星間、そして恒星間を移動しようというときにはまずこのワープエリアを目指すことになる。


 概略図の中で、船が刻一刻と帯に近づいていく。


「超空間転移可能位置まであと1分」

「転移装置起動、準備オッケーでーす」

超次元(ハイパー・)位相展帆器(セイル・ドライブ)、異常なしでやんす」

「あと30秒」

「艦体保護論理フィールド展開」

「野郎ども、これから船が超空間入るぞ。振動に注意!」

「近傍に転移障害ありません」


 準備とカウントダウンが進んでいく。


「ゼロ」

「転移しまーす」


 カウントがゼロになり、かすかな船体の揺れとともに艦橋のモニターから星々が消えた。真っ黒だ。何も見えない。超空間には恒星がなく、強い光源がないためだ。


「超次元エーテル流、捕捉。風速及び方向を観測しやした」

「帆ぉ開け―」

「ハイパー・セイルてんかーい」


 その瞬間、<黒銀の栄光>号は、艦の上下左右に、光り輝くエネルギーでできた膜状の『帆』をいくつも展開した。超空間を流れるエーテルの風がその帆にあたり、まさに帆船の帆が風を受けて膨らむように、<黒銀の栄光>号の帆が膨らんだ。

 帆が受けた力が船体に伝わり、船が少しずつ加速を始めた。


「超空間レーダーに反応アリ、あー、帝国軍の小型(スループ)艦っすねこれ。風上取られてます」

「面倒な位置につかれたね」


 超空間の風を帆で受けるという性質上、宇宙船はまっすぐ風上に向かって進むことができない。その位置を敵に占められてしまうと、こちらからはその敵に近づいていくことができないことになる。つまり、すぐに追い払うことができないのだ。


「風下は?」

「戦列母艦が一隻。そっちに逃げるのはやめた方がいいすね」

「なるほど。追いかけるための布陣を整えて待ってたってわけね。どうやら帝国軍はまだやるつもりらしいわ」


 キティはしばらく顎に手を当てて考えると、進路を指示した。


「とりあえず、トロい戦列母艦を引きはがしましょ。そのあとスループをどうするか考えるわ」



超空間での帆走の挙動は、基本的に海上での帆船の挙動と一緒です。

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