15 公爵家の秘宝
セツトを連れて行った海賊たちを捕らえるべく動かしていた部隊は、正体不明の攻撃を受け、撤退した。
帝国軍が撤退したため、海賊たちの機兵は母艦へと戻っていき、超空間へと転移して消えた。正体不明の攻撃を行ったものと思われる機兵も海賊たちと同行して消えたという。
エルザは、その撤退の命令を下した人物、自らの父であるテーセウ公爵の顔を見ていた。
「お父様、なぜ撤退をさせたのですか」
エルザは、たとえ騎士鎧一機が瞬く間にやられてしまうような攻撃方法を有しているとしても、数ではこちらが圧倒していたのだから、あのまま攻撃をし続けるべきだと思っていた。
あの場で撤退してしまったから、海賊たちは逃げおおせ、セツトは帰ってこない。
「そう睨むなよ」
「睨んでなどおりませんわ」
「……気の強いところは誰に似たのやら。だがね、エルザ。あの機体とは戦ってはならないのだ」
「なぜですの?」
「勝てないからだよ」
「あれだけの数の差があっても、ですの?」
「そうだ」
「けれど、あれをどうにかしなければ、セツトを取り戻すことはできないのではありませんか?」
それは直観による推測だったが、この場合は事実であった。
「……そうかもしれんな」
「なら、あの機兵と戦わなくてはなりませんわ」
「勝ち目がなくても?」
「勝ち目というのは、あるなしではなく、作るものですわ」
公爵は大きくため息をついた。
「そこまで言うのなら、わかった」
公爵はテーブルの上に置かれていたベルを鳴らした。それに呼ばれて、使用人が部屋に入ってきた。
「エリクを呼んできてくれ」
「はい」
使用人が出ていく。
いま公爵が呼んだエリクという男は、公爵家の執事の一人で、主に公爵が外出する際に同行していることが多い人物だった。
(なぜ今エリクを?)
外に行こうというのでもないだろうに。
エリクはすぐにやってきた。
「お呼びですか、旦那様」
エルザはこの初老の執事が小さなころから苦手だった。顔を見ても何を考えているのか、何を思っているのか全く分からないのだ。
鉄のような無表情。それがエリクという執事だった。
「地下へ行く。ついてきなさい」
「はい」
エリクが形だけは穏やかな礼をした。
公爵はソファから立ち上がり、エルザを連れて部屋を出て、館の中を歩いていく。
(地下……。入ったことのない場所ですわね)
エルザは地下の存在自体を知らなかった。なんと秘密めいているのだろうか。
3人で昇降機に乗り、エリクが一見でたらめな順番で行先階のボタンをたたくと、昇降機が下に向かって動き出した。
1階からさらに下へ。
「惑星上の一地域の国家に過ぎなかった帝国が、星々の間を飛び回るようになった経緯は覚えているかな?」
「えぇ。時の皇帝陛下が神の啓示に従い、宇宙での船と騎士の鎧を授かった、と」
「そうだな。実は、当時の騎士の鎧は今の騎士鎧とは異なるものだったのだ」
「そうなのですか?」
昇降機が目的地に到着した。
扉が開く。
そこは神殿であるかのように見えた。
大きな空間の中心に白い大きな機兵がただ立っている。他の機械や工具の類は一切なく、純白の機兵がただ1機粛然と立ち、神像かと思えるほどの威容を発していた。
「これが、そうだ。帝国が手にした初めての騎士鎧の一つ。我々はそれらを王の鎧と呼んでいる」
エルザは機体を見上げた。
「これこそが我が公爵家に伝わるレガリアだ。機体名称を誓約者という。我が公爵家は代々この操縦者たる地位を継承してきた」
「お父様」
エルザは頭に浮かんだ疑問をそのまま口にすることにした。
「なぜ、これを、今?」
「宇宙には、いくつものまだ眠ったままのレガリアがある。それを目覚めさせる一人目の操縦者は、特別な処置を受けなければならないために、貴族の血を引いていたとしても現在の騎士鎧を使うことができなくなってしまうのだ」
公爵の回答は、一見、エルザの質問とは全く関係のないもののように思えた。
(騎士鎧を使えなくなる?)
ただ、そこに看過できないワードがあった。
それはまさに彼のことではないのか。
「分かったようだな。セツト・ダイオンはこの星に眠っていたレガリアを目覚めさせる最初の操縦者となるべく選ばれていた」
「では、セツトが騎士鎧を動かせないことは」
「最初から分かっていた。知っていたのは私と伯爵だけだがね。彼にはレガリアを用いて戦功を立ててもらい、いずれ侯爵位が与えられることが決まっていた。レガリアがあれば戦功をあげることなどたやすいことだからね。
レガリアを持つことは侯爵位が与えられる必須条件だ。だから彼が騎士鎧を動かせないという事実は、彼の価値を何ら毀損するものではなかった。むしろレガリアの操縦者となるためにやむをえないことだった。
伯爵とは、折を見て遺跡に踏み込もうという話をしていたのだ。
だが、まさか、こんなことになるとは」
エルザは言葉を失った。
だから伯爵はセツトを騎士鎧に乗せないようにしていたのだ。
すべてつながった。
エルザはまず安堵した。
それはセツトが貴族であっていいことの証明にほかならなかった。
そして次にこの事態の原因に気付いてしまった。
何も知らない自分が引き起こしてしまったのだ。自分がセツトを騎士鎧に乗せるなどと言い出さなければよかったのだ。
(わたくしのせいだ……)
なんということだろうか。自責の思いがエルザの胸を締め付けた。彼の夢を奪ったのはエルザ自身だった。いますぐセツトのところに行って謝りたいくらいだ。許されるだろうか。許されないような気がする。
「わかったな、エルザ。だからお前は、自らの行いの責任を取らなければならない」
「……はい、お父様」
責任。
どのような形になるだろう。どのような形なら責任をとれるのだろう。
帝国のものになるはずだったレガリアが敵に回ろうとしている。
「エルザ・テーセウ。レガリア・パルテノスの現操縦者にしてテーセウ公爵たる我が名のもとに命じる」
公爵家から排斥されてさえおかしくない大罪。いや、セツトの人生を狂わせてしまった責任はそんなことでは取れはしない。
どんな罰でも受けなければならない。
「お前にパルテノスの操縦権を継承させるものとする」
(え?)
「エリク、良いな?」
「イエス、マイマスター。ただいまをもってマスターの操縦権を、マスターの継承指名を受けたエルザお嬢様のものといたします」
エリクが腰を折った。
「え?」
「パルテノスの使い方はエリクに聞くように。彼がパルテノスの頭脳のような者だから、お前を助けてくれるだろう」
急展開にエルザの脳がついていけていない。
「そして改めてお前に命じる。このパルテノスを使い、セツトを必ず連れ戻せ」
「わ、分かりました、お父様。必ず、わたくしが!」
その命令はエルザが最も望むものだった。




