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第6話 さようならなんて、したくない

「なんじゃこりゃぁあああーっ!」


「先生! 夜中なんだから静かにしなさいっ!!」


「あっ、ハイ。すみませんっ」


 さっきの命の危機もあってか、テンションがまだおかしい私にカベラちゃんが思いっきりツッコミを入れた。


 我が家に帰宅すると、案の定というか……荒れに荒れたリビングが目に入る。


「色んなものがぐっちゃぐちゃに倒れてるし……もうイヤぁ!!」


「……せんせいおちついて。よしよしっ」


 するとフィランちゃんは私の頭をぎゅぅっと優しく包み込んでくれた。


「ふ、フィランママぁあああ!!!」


「……フィラン、お母様じゃないわ……あっ」


 そんな冗談をさらりとかわされた時だった。


「……ベラお姉様、あれっ……!」


「ランちゃん……? なにを指差して……っ!!」


 二人は言葉を失っていた。


「どうしたの二人とも?」


 私は、二人の視線を追った。


「クローゼットの扉が……」


「……まだ、吸血鬼界と……つながってる……」


 二人は、声を震わせていた。


「……ベラお姉様。あっちの景色は見えるけど、ぼやぼやしてるっ」


 フィランちゃんがスタスタと扉に近づいて中を覗き込む。


「本当……繋がりが消えかかっているみたいだわっ……」


 二人は顔を合わせて、難しい顔をしていた。

 だから私は――


「やったじゃない! 二人ともっ!!」


 胸がぎゅっと痛むのを堪える。

 私は二人を安心させるように、目いっぱい笑った。


「今なら元の世界に帰れるのよねっ? 先生とっても安心したわっ! 早く帰って、ご両親に元気な姿見せないと……ああ、あとごめんなさいも言わなきゃダメねっ」


「先生……」


「……っ」


 フィランちゃんは、カベラちゃんのワンピースの裾をギュッと掴んだ。


「ちょっとちょっと二人とも、やっと帰れるってのにどうしてそんな元気がな――」


「あたしたち……帰っちゃうのよ?」


 カベラちゃんは、私をゆっくり見つめる。


「ええ! これでゆっくりご両親とお話もできるわねっ!」


 私は、カベラちゃんの頭を撫でる。

 すると。


「……せんせい。フィランたちのこと……きらいになったっ?」


フィランちゃんが目を潤ませる。


「そんなことあるわけないでしょ!! 貴女たちのことはとぉーっても大好きよぉ! でも、やっと自分たちのお家に帰れるのよっ。泣かないでっ」


 フィランちゃんの目元を優しく拭ってあげる。


「さぁさぁ! 扉が繋がらなくなっちゃう前にいってらっしゃいっ!」


 そして私は、二人の背中を押してあげた。


「……たく、ない……」


「えっ……?」


 背中を押す手を退けられる。その言葉は――


「さようならなんて……したくないわよっ!!」


 カベラちゃんの叫びだった。


「カ……カベラちゃん? ち、ちょっと落ち着こう?」


「落ち着いてられるわけない!! なんで先生はそんな冷静なのよっ!!!」


「わ、私は……」


「この扉を通ったら、もう会えないかもしれないのっ! わかってるの!? あたしは……もっと先生と……一緒にいたいのにっ!!」


 カベラちゃんの叫びは、私の胸を刺すようだった。


 すると今度は――


「……フィランも、いやっ!!」


 フィランちゃんが、私に力強く抱きついてきた。


「……ベラお姉様と、せんせいと三人じゃなきゃ……いやっ。一緒におやすみして……おはようって言いたいもん……!!」


「フィラン……ちゃん……」


 フィランちゃんはもう涙を堪えきれなくなってて、大粒の涙が地面にぽたぽたと落ちた。


「……先生は?」


 カベラちゃんはゆっくり近づいて、私の胸元に頭をぽすっと押し付ける。


「先生は……あたしたちと別れても……寂しくないっていうの……?」


 震える声でカベラちゃんはこちらを見上げる。カベラちゃんも目元がもう真っ赤になってしまっていた。


 扉がいつまで繋がっていられるかはわからない。だから早く二人を安心させて送り出さなきゃいけない。

 それが大人の、私の責任なんだ。

 だから……未練なく、行かせてあげなきゃいけないんだ。


「二人ともっ。私はね……」


 私は――


「……っ」


「先生……?」


「……せんせいっ」


 二人とも、ごめんなさい。嘘は……つけない。


「……寂しいに……決まってるじゃない……っ」


 でも、涙は堪えなさいカスミ。二人が……辛くなるから。


「えっ……」


「……寂しい……の?」


 二人は眉を上げて、目を丸くする。


「当たり前じゃないっ! 仕事をして、ご飯を食べて寝るって決まった毎日だったのに、貴女たちと出会っちゃってもう大変よ!」


 だめよ、止まりなさいカスミ。


「カベラちゃんの誘惑には勝てないし! フィランちゃんの天然っぷりは可愛すぎて甘やかし過ぎちゃうし! なによりこんな日常が幸せ過ぎて毎日あばばっちゃって血も足りなくなっちゃうし!!」


 いつの間にか肩で息をしていた。

 そして二人の頭を、そっと抱き寄せる。


「だからっ、明日も明後日も……三人でご飯を食べて、たっくさんいろんなところへ連れて行ってあげたいんだからっ……でもねっ」


 一つ、深呼吸をする。先生としての責任を果たすために。


「それでも、二人には帰らなきゃいけない場所があるから。さようならを……するのよ」


 いつの間にか、二人を抱き寄せる力が強くなる。

 自分にも言い聞かせているのは、分かりきっていた。


 それに扉の向こうの景色が、さっきよりも薄くなってる……。


「だから……行きなさい二人ともっ。帰れなくなっちゃう前に」


「……ランちゃん……」


「……ベラ、お姉様っ……」


 二人は顔を見合わせて、私からゆっくり離れる。


 彼女たちが歩くたびに、私の血で赤く染まった白いワンピースの裾が揺れる。

 そして二人で手を繋いで、扉の方へ向かった。


 でも二人の背中は震えていて、とても……見ていられない。

 そのまま二人は扉の向こうへ行き、ドアノブをゆっくりと引き始める。


 ……本当にこれで終わりでいいの?

 なにか、私にできることはないだろうか……。


 ……そうだ。


「待って二人ともっ!」


 私の声に、扉の動きが止まる。

 そして二人は扉から、ひょこっと顔を出した。


「帰っちゃう前に、カスミ先生から教えたいことがあるのっ」


「先生から……?」


「……おしえること?」


「ええっ。これはね、こっちの世界でも吸血鬼の世界でもとっても大切なことだと思うから……」


 私は、二人の目を優しく見つめる。


「二人はさ、どうして『さようなら』って言うと思う?」


「どうして……って」


「……おわかれする、から?」


 二人して首を傾げてる。ほんと……最後まで可愛いわねっ。


「ふふっ。先生はね、『さようなら』って、また会うためにする挨拶だと思っているの」


「また……」


「……あう、ため?」


「ええっ! だって、もう二度と会えないなんて決まってないでしょ? だから今日は元気よく、二人とさようならしたいなっ!」


 私はギュッと目をつむって、とびきりの笑顔を見せた。


「……うんっ! わかったわ!!」


「……フィランたち、さようならできる!! また会えるからっ!!」


 二人も、その瞳に涙を浮かべながら笑顔で返してくれる。


「じゃあじゃあ先生! そっちのドアノブを持って!」


「ええ? 私もっ!?」


「……三人で、いっしょに扉閉めるっ。三人で一緒に、さようならって言いたいっ」


「さっすがランちゃん! わかってるわねっ! よしよしっ!」


「……ベラお姉様っ、ひひっ、くすぐったい〜」


「……ふふっ。わかったわ! じゃあ準備はいい!?」


 こんな時まで変わらない二人が見られて、本当に良かった。

 そして私はこっち側から、二人は向こう側からドアノブを握る。


「カベラちゃん! フィランちゃん!」


「先生っ!!」


「せんせいっ!!」


 みんなで「せーのっ」と小さく声を合わせて――


「さようならっ!」


「さようならっっ!」


「さよう……ならっ!!」


 一緒に、扉をバタンと閉めた。


「……ふぅ」

 

 部屋には、静寂だけが残った。

 あれだけいつも騒がしかった声は、もう聞こえない。


「……っ」


 私は、クローゼットの扉をゆっくり開ける。

 そこはもう、ただ洋服がかけられているだけだった。


 そうして、ゆっくりと扉を閉じる。

 ドアノブを握った手に、どうしても力が入る。


 すると、なんでかな。

 頬を伝った雫が、ぽたり、ぽたりと地面へ落ちる。


 私は――それを拭うことができなかった。


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