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第5話 ――跪きなさい

「そんな下等生物に肩入れするようでは、シャルハロートも底が知れるな」


「ちがうっ!! 下等生物なんて呼ばないでっ!!」


「……せんせいは……フィランたちの……大切な人!!」


 聞こえてくるのは、三人の会話。

 ……二人とも、嬉しいこと言ってくれるじゃない。


 『ドクンっ――!!!』


 私も……寝てる場合じゃ……ないわねっ……。


「所詮、世間を知らないお嬢様の戯言。せめてもの情けだ、二人とも同じ場所で眠らせてやる!」


 目を閉じていてもわかるくらいの殺気だ。

 ……二人をこれ以上……いじめないでっ!!


「さらばだシャルハロートの姫君!!」


「……くっ!!」


「……きゃぁっ!!」


 風を切る轟音がぴたりと止む。


「――なっ!?」


 ……いや、私がトリカさんの腕を片手で掴んで止めていたんだ。

 なんとか踏ん張って立ち上がれて良かった。


「せっ……先生……?」


「……どうして……生きて……」


 二人の震える声を聞いて、早く振り返ってあげたい。

 でも、今はトリカさんから目を離しちゃいけないんだ。


「……ありえない。なぜ生きている……」


「貴女に……げほっ。先生としてお説教しなくちゃ……いけないからよっ……」


 私はトリカさんをグッと睨みつける。

 するとなぜか、彼女は後退りをした。


「ふ、ふざけるな!! ただの下等生物が……なぜっ!!」


 そしてトリカさんは、蒼色の髪を揺らしてこう言った。


「貴様如きが、『真紅の瞳』をしているのだっ!!!!」


 いつの間にか空には雲がかかり、月明かりまで遮られていた。


「なんのことかしら……トリカさん……?」


 夜風が私の体を吹き抜けていく。

 なぜだろうか、とても頭が冴え渡っていて……体が軽く感じた。


「ええい!」


 トリカさんは思い切り私の腕を振り解くと、私と距離を取るように飛び退いた。


「ランちゃん……これ、夢じゃないのよね……? 先生の胸の穴が……塞がってる……」


「……うん、ベラお姉様っ。さっきまで、あんなに血が出てたのにっ……」


 後ろから聞こえる二人の話を聞いて、私は胸元に手を当てる。

 確かにさっきまで穴が空いていたはずなのに、指先に触れたのは滑らかな素肌だけだった。


 けれど、今は――


「カベラちゃん! フィランちゃん! 私がいいって言うまで大人しくしててねっ!」


 私は一度だけ、二人の方を振り返る。

 目元を赤く腫らしちゃって……せっかくの可愛い顔が台無しだわ。

 二人には……絶対、笑顔でいてもらうんだからっ!


「先生の瞳……」


「……フィランたちと同じ色……?」


 すると、遠くの方から――


「貴様がなんであろうと関係ないっ! 次は全員葬り去るだけだ!!」


 トリカさんは飛び上がって、私に一直線に向かってきた。

 そして刃物のように伸びた五本の爪を、私に向ける。


「人間風情が! くたばれ――」


 私は不思議なぐらい冷静だった。

 トリカさんの動きが、まるで止まっているように見える。

 それに……胸の奥が燃えるように熱い。


 ――今なら、この子を止められる気がした。


 だから私は……。


「……すぅ」


 右手を彼女に向けて、こう言った。


「――跪きなさい」


「……がっ――!?」


 トリカさんの身体が、空中で不自然に固まる。

 次の瞬間――本人の意思に逆らうように身体が地上へ落ちていき、そのまま両膝が地面についた。


「か、身体が……勝手に!? きっ……貴様っ……!? 我になにを……!」


「その言葉遣いもいけません。――カスミさんと呼びなさい」


「きっ……! かっ、カスミ……さん……がぁっ!?」


 あら、ずいぶん大人しく呼んでくれるのね。


「なぜだ……この人げっ……! カス、ミ、さんの言うことに逆らえない……だとっ!? こんなふざけた力……まさか……!!」


「――私語禁止! 私のお話を聞きなさい!!」


「ぐっ……っ……!!」


 するとトリカさんは、口をつぐんで静かになる。


「ふう……いい? トリカさん。私はただの人間だし、吸血鬼の世界のことはわかりません。でもね……」


 私は地面に這いつくばるトリカさんと目線が合うように、膝をついた。


「力任せに人を傷つけたり、命を奪おうとしたりするのはとってもいけないことなんですよ!!」


「っ……!」


「――分かったら返事をして?」


「……はっ……はいっ……」


「うん。素直でよろしい。じゃあ、あとは個人的なお説教ねっ」


「……は? お、おせっ……?」


「うんっ。カベラちゃんとフィランちゃんね、すっごく泣いてたの。二人は笑顔がとっても可愛いのに、貴女はそれを台無しにしたのよ?」


「ふっ……だったらなにか。我の首をはねて――」


「ごめんなさい、は?」


「……あ?」


 トリカさんは思い切り目を丸くする。


「これも覚えておいてね。いけないことをしたらね、誰でもごめんなさいって言うのよ。子供だって知っているわ」


「……ふざけるのも大概にしろ! 我らブラウハイトが、滅びゆくシャルハロートに謝罪など――」


「――言葉遣い!!!!」


 私は地面を、強く踏みしめる。

 するとひび割れが四方へ広がっていった。


「がぁっ!! くっ、口が……うご……か……」


「いいこと? もしまた二人をいじめようっていうなら……私は本気で貴女を許さないわ。だから、ちゃんと言いなさい!」


 私は、トリカさんの瞳を貫くように見つめた。


「――ちゃんと二人に! ごめんなさいって言いなさい!!!!」


「……っ! ごっ、ごめんなさぁああああああい!!!!」


「ならあとは――お家に帰って、反省しなさあああああああああああいっ!!!!」


 私はそう叫んで右手を振り上げる。

 すると――


「なん、だっ!? 身体が勝手に――うっ、うわああああああああああああああああああっ……!!」


 彼女は弾丸のような勢いで、私たちが逃げてきた方角へ飛び去っていった。


「……ふう。ちょっとお説教が過ぎちゃったかしら」


 などと考えていたら、後ろからぎゅうっと抱きしめられた。


「先生っ! なんなのよあれっ!? なにをしたのよっ!? って目が元に戻ってる!?」


「……せんせい、人間やめてたの? 蒼の吸血鬼さんを一人で……」


 二人はぐいぐいと私に詰め寄る。

 ……正直、私もなにがなんだか分かってはいない。でも。


「きゃっ!?」


「……く、くるしい」


 私は力いっぱい、二人を抱きしめる。


 私の胸にはもう傷一つない。

 なのに二人の白かったワンピースには、私の血がべったり残っていた。


「よかった。二人が無事で……本当に……う、うっ、うわぁぁぁぁあああああああんっ!!!!」


 二人の安心した顔を見たら、緊張の糸が切れて涙が止まらなくなってしまった。

 こんな夜更けに大声で泣いちゃって、我ながらご近所迷惑すぎるわ。

 でも……二人を助けられて、よかった。二人を助けられなかったらって思ったら……私っ……!!


「ちょっ、先生泣かないでよっ……あたしたちだって……先生が、死んじゃったって……思って……!」


「……せんせい、冷たくなっちゃったの、こわかった。ぐすっ……。ううっ……!!」


 すると今度は、三人分の泣き声が路地裏に響く。

 私も泣いていたけど、二人を慰めるように、頭をゆっくりと優しく撫でてあげた。


「ずびっ……泣き過ぎて鼻水がすごいわっ……」


「ぐすんっ、先生ったら泣き虫なんだからっもう。」


「ベラお姉様も、おめめ真っ赤っか……へくちっ!」


 そして私は、二人の手を優しく取る。


「よーしっ、じゃあ今度こそお家に帰るわよっ!」


「おーっ!」


「……おーっ!」


 雲の切れ間からお月様が顔を出して、私たちを優しく照らしてくれていた。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます!


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次回もよろしくお願いいたします!

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