第4話 同じ「大好き」なのに
「すっっっっごかったわね先生!! この『水族館』って所は、たくさんの海の生き物が見れて楽しかったわっ!」
「……お魚さんやイルカさんたち、人間の言うこと聞いてた。すごい……」
とあるおやすみの日曜日。二人が行きたがっていた水族館へ、今日は三人で遊びに来ていた。
お魚やくらげの水槽を見て回ったり、イルカやペンギンのショーをたくさん楽しんだりした。
――気づけば、そろそろ閉館時間が近づいていた。
「二人が喜んでくれたなら、連れて行ったかいがあったわ! うふふっ♪」
今はすっかり歩き疲れちゃって、水槽の前にあるベンチで休憩中。
私はカベラちゃんとフィランちゃんに挟まれて座っていた。
「ねえねえ先生! 最後に三人で写真撮ろうよっ! このワンピースも着てきたんだしさっ!♡」
「……フィランも撮りたい。大切なお洋服で、思い出残したいっ」
二人は座ったまま、スカートの裾をつまむ。
よっぽど気に入ってくれたんだね、そのワンピース。嬉しくなっちゃうわ。
「よしっ! ならスマホを自撮りモードにしてっと。二人とももっと寄って!」
するとフィランちゃんが寄ってくる。
「……はーいっ。よいしょっ」
ぷにっ。
「ひゃっ!?」
フィランちゃんのぷにぷになほっぺが、私の頬に密着してるっ!! ああっ……もちもちぷにぷにで気持ちいい……♡ でへへっ。
「むっ。先生! あたしもあたしもっ!♡」
カベラちゃんも私の顔にすり寄ってきた。
うわぁこっちも可愛いお顔近っ!!
よく見るとまつ毛も長いし、真っ赤な瞳も綺麗……!!
……ってこんなサンドイッチされたら、またあばばっちゃう――!
「……あら?」
なんか今日は思ったより大丈夫だわね。
……それに、なにかしら。
ドキッ――
なんだか、いつもと違う胸の高鳴りが……。
「ねえ〜? 先生早くー!!」
「……ぽーっとしてる。どしたの?」
「あっ、いや! なんでもないわよ! じゃあ、二人ともスマホを見て! はいっ! チーズ!」
「チーズっ!♡」
「……ちーずっ」
スマホのシャッター音と共に、最高に幸せな一枚が撮れた。
「えへへっ♡ せーんせいっ♡」
するとカベラちゃんの綺麗な細い指が、私の指の間にするりと入り込んできた。
「か、か、カベラちゃん!?」
普段のイタズラな感じじゃない!? こんな恋人繋ぎなんて……!
「今日も本当にありがとうっ。だぁい好きよっ、先生♡」
カベラちゃんは目を細めて、優しい笑みを向けた。
「っ!!!」
どくん、どくん、どくんって鼓動がどんどん早くなる。
『大好き』なんて、いつも言い合ってたはずなのに。
「……むー。フィランもだもんっ」
今度は私の反対の腕にフィランちゃんが、両腕を絡めてくる。
そのままとろんとした上目遣いで、私を見つめた。
「……たくさん楽しいこと、おいしい食べ物を教えてくれて嬉しいっ。せんせいっ、だいすきっ」
「ぅ!!!」
まただ。全身がびくっと跳ねそうなくらい、大きく心臓が高鳴る。
あばばする感覚とは全く違うこの感覚は、なに?
――でも。
「うん。私も、大好きよっ」
この二人が大切で、かけがえのない存在だってことには変わらない。
水槽の青い光を受けて、胸元の緋色のペンダントがきらりと煌めいた。
◇
「あーあ、楽しい時間ってどうしてあっという間なのかしらっ!」
「……お外もう真っ暗さんだっ」
水族館を満喫した後、お夕飯を外で済ませた私たちはてくてくと帰り道を歩いていた。
「本当あっという間ね。でもまた次も楽しい所連れて行ってあげるから楽しみにしててね!」
「え〜? 先生は、あたしたちをどんなイイところに連れ回しちゃうの〜?♡」
「ちょ! カベラちゃん言い方っ!」
「にひひ〜っ♡」
「……いいところ。おいしいご飯がいっぱいなところ? じゅるりっ」
「ランちゃん……さっきたくさん食べたじゃない……。よだれ出ちゃってるわよ」
そんないつものやり取りをしながら、お家に辿り着いて玄関の鍵を開ける。
そして皆でリビングに向かったら――
「……っ」
リビングのテーブルに立ち、こちらを見下ろす少女がいた。
コートのような上着を羽織っており、フードもかぶっているから顔はよく見えないけど……。
「えっ!? だっ、誰!? 不法侵入!?」
私がオロオロしていると、カベラちゃんとフィランちゃんがクローゼットの扉を指差した。
「先生! あれっ!!」
「……扉が……開いてる……!」
「本当!? ねえ! 貴女もしかして二人のお迎えを――」
「……ただの人間が、なぜシャルハロートの娘といる?」
「……えっ」
その子が片手をあげた、その時。
「先生!!」
「……あぶないっ!!」
カベラちゃんとフィランちゃんに飛びつかれて、私は床に倒れる。
後ろを振り向くと……。
「床が……えぐれてる……?」
ちょ、ちょっと待って、もしかして攻撃されたの……?
二人のお知り合いじゃ……ないの?
「さすが吸血鬼の王の娘たち。身のこなしは腐っても王族か」
その子はフードを取り、透き通るような蒼い瞳と、さらりと流れる蒼色の長髪を見せた。
「……あ、蒼い目……!?」
「……ベラお姉様っ……!!」
すると二人が震え上がっていた。
二人はこの人を知っている……?
「あ、貴女は誰なの……?」
私は、手の震えをなんとか抑える。
「……そうだな。命を貰う前に、せめて名乗っておこう」
その子はこちらを睨みつけて――
「我は、『トリカ・ブラウハイト』。腑抜けたシャルハロートを滅ぼし、次代の王となる者だ」
そう、言い放った。
「まずい……先生っ、逃げるわよっ!!」
「……べろ、噛まないでねっ」
「えっ、二人とも――ぎゃあああ!!!!」
二人は私を担ぐと、感じたことのない速さで玄関から飛び出した。
「ちょ! すごい空飛んでる!? いや高いっ!! わぁあああ!!!」
まるでアニメのように夜空を駆け飛んでいた。
これが吸血鬼のフィジカルってことなのね……って冷静に分析している場合じゃないわ!
「ねっ、ねえ二人ともっ。あの子はお友達じゃないの!?」
夜風を受けながら、二人に問いかける。
「違うわ! 彼女は『ブラウハイト家』の吸血鬼! お父様たちと敵対してる一家なの!!」
「……もしかして、お父様が『お外に出るな』って言ってたのって――」
「――ああ、その通りだ」
瞬間、背後から聞こえた冷たい声。
「えっ!?」
月明かりに照らされる蒼い髪。そして――
ドゴッ!!!
「きゃあっ!!」
「っぁあ!!」
二人の悲鳴と共に、私たちは見知らぬ路地裏の地面に叩き落とされた。
「いてて……。ってあれ!? カベラちゃん!! フィランちゃん!!」
二人が庇ってくれたのか、擦り傷程度で済んでいた。
だけどその二人が近くにいない!?
「待って、どこに……!」
「……シャルハロートの王に言われた通り、城で大人しくしておけばよかったものを」
その声は、私の背後から聞こえる。
冷徹な、低く響く声が。
「まあ……おかげで邪魔が入らず始末できるがな」
振り返ると、彼女はカベラちゃんとフィランちゃんの首元を掴んでゆっくり持ち上げていた。
「ぐっ……ぁ……!!」
「……ぎっ……ぅ……」
二人の苦しそうな顔を見て……私はいてもたってもいられなかった。
「やめなさいっ!!」
気づけば私は駆け出して、彼女の頬に平手打ちをしていた。
「……やめろ?」
彼女が両手を離すと、二人は地面に倒れ込む。
その二人を庇うように、私は彼女の前に立ち塞がった。
「……せっ……せんせい……ダメよっ……!!」
「……にげて……フィランたちはいいから……!」
「いいわけないでしょ!!」
二人の震える声を聞いて、ますます彼女のことが許せなくなってくる。
「貴女たちの……吸血鬼の世界のことはよくわからない。でもねっ……この子たちをこんな目に遭わせていい理由にはならないでしょう!!」
「……」
トリカさんは、ただ黙ってこちらを見ていた。
すると――
「いいか人間。一度しか言わぬ。そこを退け」
その蒼い瞳は私ではなく、後ろの二人を捉えて離さなかった。
「退きません!!」
路地裏に私の声が反響する。
怖い。手も足も、震えが止まらない。
でも決して、彼女から目を逸さなかった。
「――警告はした」
ぐちゅ――
パキンッ。
「……えっ?」
聞きなれない不快な音。それに続いて、なにかが砕ける音が聞こえた。
すると、トリカさんの腕が、私の胸元を……貫いていて……。
「……ぁ……」
目の前が真っ白になって、力が入らなくなって、地面にばたんと倒れてしまった。
「あっ……いやっ……!!!」
「せんせぇ!!!!!」
なぜか遠くで二人の声が聞こえる。
ただ、ぼたぼたと重い水音だけが響いてきた。
「いやっ……! 血が……こんな……いやぁああ!!!」
「止まってくれない……いや、いやいやいやいやっ!!!!」
駆け寄った二人が私を抱きしめるたび、二人の真っ白だったワンピースが私の血で染まっていくのが見える。
ああ、ごめんね。私の血で……汚しちゃって。
それに胸元がすーすーするし、生暖かい血が止まらない。
心臓の鼓動も……だんだんと遅くなっていくのが分かる。
私……ここで死ぬのね。
「いいかシャルハロートの姫たち。お前たちのせいでその人間は死んだのだ。次は――貴様らの首をもらうぞ」
依然として、トリカさんの声は凍てつく氷のようだ。首をもらうだなんて……いけない……ことよ……。
「ぅうう……先生……!!!」
「ぁああああっ!!! うわぁああああっ!!!」
カベラちゃんとフィランちゃんの涙が、私の頬に落ちる。
二人の泣き顔なんて、見たくなかった。
ごめんね、私が守るって決めたのに。最後まで守りきれなくて……ごめんなさい。
「……ぁ……」
もう体に力が入らず、首が壊れた人形のようにこてんと横を向く。
最後に見えたのは、自分の血で真っ赤に染まる地面と……一緒に壊されちゃったペンダントのカケラだった。
そして、重くなった瞼が……ゆっくり閉じる。
もうなにも聞こえない、なにも見えない。
でも……。
『ドクンっ……』
カベラちゃんと、フィランちゃんを泣かせるなんて……許せない……。
『ドクンっ――』
二人を泣かせる悪い子には……お説教しなきゃ……。
『ドクンっ――!』
心臓の鼓動が、なぜかうるさい。さっきまで止まりそうだったのに。
すると、どうしてだろうか――
身体中が沸騰しそうなくらい、熱く、熱くなってきたんだ。




