第7話 前夜
二日でカルロスはやり遂げた。
掘削カプセルが工場の中央に立っていた。全長八メートル、行くよ。
CORE
第六話「氷の大地」
アイスランドは灰色だった。
レイキャビク郊外の小さな空港に降り立った時、空は低く垂れ込め、風が容赦なく吹き付けていた。遠くに火山の稜線が見えた。大地そのものが生きている場所だった。
「寒い」キムが言った。「なんでこんな場所なんだ」
「地殻が薄いからだ」イワノフが言った。「文句を言うな」
レンタルした四台の車に分かれて、目的地へ向かった。イワノフが事前に手配していた廃工場だった。かつて漁業用の機材を保管していた場所で、今は使われていない。港から離れた荒れ地の中に建っていた。
工場の中は広かった。イワノフの設計図通りに製造された掘削カプセルの部品が、すでに届いていた。キムが手配したルートで、国家にも気づかれずに運ばれていた。
カルロスが部品を一つずつ確認した。無口な男が珍しく口を開いた。
「よくできてる」
「当然だ」イワノフは胸を張った。「ワシが設計した」
「組み立てに三日かかる」
「二日でやれ」
カルロスはイワノフを見た。老人は目を逸らさなかった。カルロスは短くため息をついた。「わかった」
マックは工場の外に出た。風が顔を叩いた。遠くの丘の向こうに、光が見えた。車のヘッドライトだった。複数台、動いていない。
ジャックが隣に来た。
「ロシア側だ」ジャックは静かに言った。「十二キロ先で掘削準備を進めてる。キムの情報だと、あと十日で開始する」
「十日か」
「こっちは二日で組み立て、テストに一日、残り七日で到達しなければならない」
「イワノフの計算では?」
「理論上は可能だと」
「理論上か」マックはジャックの言葉を繰り返した。
二人は少し笑った。砂漠で死にかけた夜も、こんな風に笑った気がした。笑うしかない状況で笑う、それがこの仕事だった。
夜、全員が工場の片隅に集まって食事をした。キムが調達してきた缶詰と硬いパンだった。
「最悪だ」キムが缶詰を見て言った。
「贅沢を言うな」レイラが言った。「生きてるだけましだ」
「そういうセリフ、もう少し状況がやばくなってから言ってほしい」
「今でも十分やばい」
イワノフが缶詰を器用に開けながら、マックに言った。「サラさんはどんな人だ?」
マックは少し間を置いた。
「強い女だ」
「強い?」
「俺と十五年一緒にいた。それだけで強さがわかる」
イワノフは笑った。カルロスも口の端を上げた。レイラが静かに頷いた。キムだけが「それ褒めてんの?」と言った。
誰も答えなかった。でも場が少しだけ柔らかくなった。
マックは工場の天井を見上げた。鉄骨の向こうに、アイスランドの夜空があった。星が出ていた。
サラ。
もう少しだけ待っていてくれ。
7話、行く?
しくはない。でも見ているだけで、これは本物だとわかった。
「テストする」イワノフが言った。
カプセルの外壁に熱と圧力をかけた。数値が上がるたびにキムが声に出して読み上げた。カルロスは無言でモニターを見続けた。
一時間後。
「合格だ」イワノフが言った。「理論値通りだ」
カルロスが初めて深く息を吐いた。マックは手を触れた。冷たい金属の感触だった。この中に六人で入って、地球の核心へ向かう。
「明日の夜明けに出発する」イワノフは言った。「ロシア側より三日早い」
その夜、工場は静かだった。
キムはパソコンの前で国家とロシア側の通信を傍受し続けていた。カルロスはカプセルの最終確認を一人で黙々と続けていた。レイラは壁際で目を閉じていた。眠っているのか考えているのか、わからなかった。
ジャックがマックの隣に座った。
「怖いか」ジャックが言った。
「ある」マックは正直に言った。「サラに会えないまま終わる怖さが」
ジャックは頷いた。「俺も怖い。でもお前が砂漠で俺を引きずった夜、お前は怖くなかったか」
「怖かった」
「それでも引きずった」
マックは答えなかった。引きずったのは当然のことだった。仲間を置いていける人間じゃなかった、それだけだ。
「レイラ」マックは少し離れた場所にいる女に声をかけた。「仲間を全員失った作戦の話、聞いてもいいか」
レイラはゆっくりと目を開けた。
「いつか話す」レイラは言った。「帰ってからな」
それが答えだった。帰ることを前提にしている。マックは頷いた。
イワノフが革のカバンから古い写真を取り出してテーブルに置いた。若い頃のイワノフと、白衣を着た集団が写っていた。
「ソ連時代の同僚たちだ」イワノフは言った。「みんな死んだ。この研究のせいで、消された者もいる」マックは写真を見た。「ワシが最後まで続けたのは、奴らへの義理だ。コアへ行く。それが約束だった」
工場がまた静かになった。
約束。義理。意地。それぞれが、それぞれの理由でここにいた。命令じゃない。誰かに強いられたわけでもない。
出発まであと数時間だった。
マックはカプセルの前に立った。冷たい金属に手を当てた。地球の核心まで、この鉄の塊が連れて行ってくれる。その先にサラがいる。正確には、サラを取り戻すための切り札がある。
「行くぞ」マックは誰にともなく言った。
誰も返事をしなかった。でも全員がそれを聞いていた。
夜明けまで、あと少しだった。




