第11話 帰還
上昇が始まった。
誰も話さなかった。六千キロの帰り道、カプセルの中に静寂が満ちていた。
一時間後、通信装置が鳴った。
あの感情のない声だった。だが今回は違った。微かに緊張が滲んでいた。
「ハント氏。約束通り、六名全員の身の保障と生涯の生活保障、書面にて送付しました。キム氏の端末に届いているはずです」
キムが確認した。「来てる。本物だ」
「サラ・ハントの解放は」マックは言った。
「現在、手続き中です。地上到着までには」
「今すぐ解放しろ」マックの声は低かった。「書面が届いた。こちらの条件は果たした。次はそちらだ」
沈黙があった。
「わかりました」
通信が切れた。
十分後、キムの端末に映像が届いた。薄暗い部屋のドアが開いた。サラが立ち上がった。国家の男が一言告げた。サラは頷いて、歩き出した。振り返らなかった。
マックは映像を見続けた。サラの背中が廊下の奥へ消えるまで。
「よかった」ジャックが静かに言った。
キムが別のモニターを開いた。「ロシア側の動きを確認する」しばらくして顔を上げた。「国家がロシアと交渉に入った。コアの金は両国による共同管理になるらしい。採掘権を巡って揉めてるが、とりあえず武力衝突は避けられた」
「俺たちには関係ない話だ」カルロスが言った。
「同感だ」レイラが言った。
イワノフだけが黙っていた。窓の外の赤い岩肌を見つめていた。何を考えているのか、マックにはわからなかった。
「イワノフ」マックは言った。
老人がゆっくりと振り向いた。
「後悔してるか」
イワノフは少し考えた。それから首を振った。「後悔はない。ただ、祈っている」
「何を」
「地球が、ワシらを許してくれることを」
カプセルが静かに上昇を続けた。
地上に出た瞬間、全員が空を見上げた。
アイスランドの空は青かった。風が冷たかった。その冷たさが、今は心地よかった。
レイラが地面に片膝をついて、両手で土を掴んだ。何も言わなかった。でもその背中が全てを語っていた。仲間を全員失った女が、今日は一人も失わなかった。
カルロスがカプセルの外壁を静かに叩いた。「よく持ちこたえた」と呟いた。
キムが空に向かって両手を広げた。「生きてる」それだけ言った。
イワノフが革のカバンを肩に提げ直した。空を見上げてロシア語で何かを呟いた。四十年前に死んだ仲間たちへの言葉だったかもしれない。
サラは空港にいた。
国家の男が二人、少し離れたところに立っていた。マックの姿を見た瞬間、サラは走った。マックも走った。
二人が抱き合った。
マックは何も言わなかった。サラも何も言わなかった。十五年分の重さがある腕で、ただ抱きしめた。サラの肩が少しだけ震えた。ずっと強がっていたのだ。
「遅かった」サラが耳元で言った。
「すまない」
「バカ」
「ああ」
「信じてた」
マックはサラを抱いたまま、空を見上げた。青い空が続いていた。それだけで十分だった。
三日後。
六人はあのバーにいた。薄暗いカウンター。ジャズが低く流れている。七つのグラスにビールが注がれた。サラも一緒だった。
誰も乾杯しなかった。でも全員が同時にグラスを持ち上げた。
イワノフが一口飲んで、グラスをカウンターに置いた。白い眉をひそめて、それから静かに言った。
「やっぱり金より、ビールの方が美味いな」
全員が笑った。カルロスが珍しく声を出して笑った。レイラが目を細めた。キムが「これだけのために命張ったのか」と言った。ジャックがグラスを傾けた。
マックはサラの手を握ったまま、静かにビールを飲んだ。
帰ってきた。 確かに、俺たちはここにいる。




