102.最後の抱擁
「……? これ、もういいのかな?」
味はなかった。
けれど、喉を通った瞬間、すぅっと身体中が冷えた気がした。
今のところ、特に体に問題はないようだった。
「……クレア、大丈夫?」
「うん。これね、外からの魔力に反応して、効き目が出てくる薬なの。だから……」
言葉に詰まってしまう。
ルカが、すごく不安そうな顔をしていたからだ。
「その仮死薬は、呪いの魔力に反応するってことだよね?」
「うん。だから……それ、私にくれる?」
私がそう言うと、ルカはぎゅっと唇を噛んだ。
「……怖い」
「うん」
「どうしてこんなことになったんだろう」
誰に言うともなく、ルカが呟いた。
「ほんとだね」
でも、ここまで来てしまったのだ。
どうしようもない。
私はルカを見る。
しばらく黙り込んでいたルカが、そっと瞳を上げて私を見た。
「……ほんとは嫌なんだ。すごく」
「わかってる。私がそうして欲しいって、わがまま言ってるのはわかってるよ。ごめんね。嫌なことさせちゃって」
「そんなことを言って欲しいわけじゃない。俺はこのままだっていい。でも、クレアに、もしものことがあったらと思うと……」
「じゃあ、言い方を変える!私がルカと一緒にいたいから、呪いを解くね!」
まっすぐにルカを見つめる。
一瞬、彼は息を止めたようだった。
「……クレアに任せてばかりで、ごめん」
「いいんだよ。だって私、魔薬師だもん。ちゃんと治してあげないとね」
私は右手をルカに差し出した。
彼はぎゅっと唇を結ぶ。
そして、震える右手で、私の手にそっと触れる。
その瞬間だった。
ルカの右手からぐわぁっと黒い煙が巻き起こり、あっという間に私とルカを包み込んだ。
バチンッ!と音がした瞬間、つけていたバレッタが壊れてはじけ飛ぶ。
黒い煙が私の髪を荒々しく揺らしたかと思うと、ズドン!と黒い魔力の塊が私の中に入ってきた。
ルカから受け取った黒い魔力が、私の中で這いずり回るのがわかる。
全身に熱さと痛みが走り、私は声を出す前に倒れそうになる。
「クレア!」
真っ暗闇の中、ぐいっと腕を引かれ、ルカに抱きしめられる。
「ごめん!やっぱりこんなのっ……!」
「大丈夫……!灰になってないよ。ちゃんと呪い、私のところにきてるみたい……ルカ、こんな痛みにずっと耐えてたんだね……っ!」
「ごめん、戻せるなら戻してくれ!クレアがそんなのに耐えることない!!」
ルカの悲痛な叫びに、私も胸が痛くなる。
その時だった。
ドクンっと心臓が跳ねたかと思うと、静かにその脈打つ速度が緩まっていく。
ルカの呪いの魔力を合図に、私が飲んだ仮死薬が発動したのがわかった。
……よかった、薬、効いてる。
ホッとした瞬間、少しずつ意識が朦朧としてくる。
熱さや痛みが薄れてきた。
息が浅くなってきたけれど、不思議と苦しくはない。
これは、仮死薬が効いてるせい?
それとも、私の持つ聖なる魔力のおかげ?
わかんないなぁ。
ぼんやりしてきた意識の中で、私は必死に頭を働かせると、私を痛いほどに強く抱きしめてくれているルカの背中に、両手を回した。
「ねぇ、ルカ。私、黒髪のルカのことも大好きだよ。私のためにずっと我慢して、守ってくれてありがとう」
「クレア……!」
「最後に直接触れて、抱きしめたかったの。不器用すぎて可愛い黒髪のルカとは、これでお別れだから」
そう言った瞬間、ぎゅうっと壊れそうなくらいに抱きしめられる。
「クレア、俺、ずっと言いたいこと言えなかった。冷たくすることしかできなくてごめん。でも、ずっと……クレアのことが大事すぎて……好きすぎて……」
その言葉を聞いた瞬間、体の奥で何かが爆発したような、嫌な熱さが全身を駆け抜けた。
「っ!」
呪いの力だとすぐに分かった。
私を連れて一緒に消えようとするかのような、意地の悪い術者の意志をはっきりと感じる。
こんなやり方でルカを縛り付けようとする相手に、ずっと言いたかったことを言ってやろうと私は口を開いた。
「あなたにルカは渡さないよ!返してもらうから!」
呪いが私の中で大暴れしている。
怒っているのかもしれない。
でも私だってすごく怒ってる。
絶対負けない。
そう思って、自分の魔力をかき集めようとしたけれど、体が言うことを聞かなくなってきた。
「クレア!」
ルカが泣きながら私を見ていた。
黒い瞳から、ぽろぽろとこぼれる大粒の涙に、胸が痛んだ。
大丈夫。泣かないで。
私と薬を信じてね。
自分のことよりも、ルカが泣いている方が嫌だ。
私は笑って見せる。
けれど、少しずつルカの声が遠くなり、目の前が真っ暗になって、何も見えなくなった。




