101.おくすりラムネ
今回の万能薬&仮死薬の作戦を、細かくルカに説明する。
彼は本当にしぶしぶとだけれど、最終的には「わかった」と頷いてくれた。
良かった。
わだかまりのあるまま解呪なんて絶対できないもの。
ほっと胸をなでおろすと、薬局長と目が合った。
私の気持ちを察してくれた彼は、小さく頷いて微笑んだ。
「それじゃあ早速、始めましょうか。二人とも準備は良いですか?」
「はい」
私が万能薬を差し出すと、今度はルカがしっかりとそれを受け取ってくれた。
ルカはじっと万能薬の瓶を見つめながら言った。
「万能薬がしっかり効けば、クレアは仮死薬を使わずに済むんだよね?」
「うん。大丈夫!私の魔力がこれでもかってくらい入ってるんだよ?絶対に効く!呪いを消せるはずだよ」
強く頷く私。
本当にすごく魔力を込めたんだもの。
これをぶつければ、いくら呪いだって消えるはず!
「もし消えなかったとしても、呪いを最低限まで押さえられると思う。そうしたら、私が仮死薬を飲むね」
ルカがぐっと万能薬を握り締めた。
それに気づかない振りをして、私は話を続ける。
「仮死薬を飲んだ私が、ルカから呪いをもらう。これで、ルカからは呪いがなくなるの。
そのあと、もらった呪いの魔力に仮死薬が反応して、私は仮死状態になる。そうしたら、呪いは私が死んだと思って消える。そして私はちゃんと起きる!……ね?きっと大丈夫だよ」
「……そうやって聞くと、だいぶ不安になってきたな」
ぽつりとオーウェン様が呟いたのを、薬局長が慌てて肘で小突いているのが見える。
ルカも同じことを思ったらしい。
「……はぁ。なんでそんなに軽く言うの?俺、どうしようもなく怖いのに……」
「怖いよ?もしも死んじゃったらどうしようってずっと思ってた。
でもね、私絶対にうまく行くって信じてるもん。それに、ルカがもうすぐ自由になることが嬉しいから」
私の言葉に、ルカがうつむいてしまった。
「もうだめだ。やっぱり渡せない。クレアを犠牲にするみたいで耐えられない。逃げたい」
「ちょっと!呪い持って逃げないでよ!?」
「……あいつら、こんな時までコントかよ」
「いいじゃないですか。こんな時だからこそ、彼らのペースでやってもらうのが一番です」
「本当、オーウェン様は無粋ですわね。黙ってていただけるかしら?」
「……お前、ほんと俺に厳しいのな。なんか恨みでもあんの?」
「そうですわね、フランツ様を独り占めする罪、と言ったところかしら」
「してねーし」
「されてませんね」
わいわいしている大人達を不思議に思いつつ、私ははっと思い出した。
薬を飲む前に、絶対に渡そうと思っていたものがあるのだ。
「ルカ。これあげる」
そう言ってポケットから包みを取り出した。
透明の小さな袋に入ったお菓子。
「はい。おくすりラムネ」
「……え」
「うまく行きますようにっていうお守りだよ。これを食べれば元気になるって、子どもの頃、信じてたよね。私たち」
差し出したラムネを、ルカがじっと見つめた。
左手でそっと受け取ると、包みを開けた。
「あの頃は、もっと大きな粒だと思ってたんだけどな」
「うん。小さいよね」
そう言って笑い合うと、ルカはラムネをじっと見つめてから、口へ入れた。
「……懐かしい味」
ルカの温かな笑顔を見て、なんだか嬉しくなる。
ふぅっと息をつくと、ルカは万能薬の瓶を見つめた。
私もぎゅっと唇を結ぶ。
「クレアを信じるよ」
「うん」
まっすぐな緑の瞳に、私はしっかりと頷いた。
そして、ルカは万能薬を一気に飲み干した。
飲み切ってから数秒後、驚いたように自分の体を見下ろす。
「……ルカ?」
「これ、今までと全然違う」
「え?」
「一瞬で、体の中が洗われた感じっていうか……綺麗になった感じが……」
そう言いかけた時だった。
「っ!」
突然ルカがぐっと右手を抑え込んでうずくまった。
刺繍入りの手袋が怪しげな光を放っていたが、突然パンと破れてしまった。
むき出しの右手が見え、手の甲の印が赤黒く光っているのがわかった。
「ルカ!」
「大丈夫……だから、ちょっと離れて……っ!」
新月にポーションを飲んだ時と同じ状況だ。
呪いが薬に抵抗しているらしい。
でも、手袋が破れるほどって、すごく強力な力なんじゃない?
動揺した私は、パッと薬局長を見る。
「クレアさん、落ち着いて!少し離れましょう」
「呪いがすっごい暴れてるのが見える。全身に魔力が回ってるな……」
ルカを見て顔をしかめるオーウェン様だけれど、姿勢を崩す様子はない。
「結界の濃度、まだまだ上げられますわよ?」
普段と変わらない様子のシャロン様に、いつもの口調で薬局長が答える。
「様子見にしましょうか。ルカ君にはキツイでしょうが、薬で抑え込むのが重要です」
落ち着いている彼らを見て、私も落ち着きを取り戻す。
「ルカ、頑張って……!」
無意識に胸の前で腕を組み、祈るような気持ちでルカを見つめる。
たぶん、ほんの数分だったと思うけれど、それはものすごく長い時間に思えた。
苦しんでいたルカだったけれど、次第に落ち着きを取り戻し始めた。
「……おさまってきたな。全身に回ってた魔力も、今は右手にしか残ってねぇぞ」
オーウェン様が少しほっとしたように言うと、薬局長も頷いた。
「万能薬が効き始めましたね。ここからです。このまま消えると良いんですけど……ルカ君、大丈夫ですか?」
「……はい……」
左手で右手を押さえながら、ルカが頷いた。
私はそっとルカに近づく。
「ルカ」
私をちらりと見て、ルカが言った。
「……すごいね、万能薬。満月の夜なのに、こんなに魔力が抑えられるなんて」
「味はどうだった?」
「正直、甘すぎてちょっときつかった」
「甘党のルカをもってしても甘いのね」
思わず笑うと、ルカも小さく笑って右手を見た。
「なくなるかな?」
「うん、なくなるよ。大丈夫」
期待を込めてそう言った私だったけれど、その後、二十分ほど様子を見ていても状況は変わらなかった。
薬局長が時計を見る。
それを受けて、ルカが右手を見つめた。
「残念だけど……ここまでっぽいかな」
そう言って、ルカがオーウェン様を見る。
彼はじっとルカを見ると、口を真一文字にしたまま頷いた。
「だいぶ小さいけど、呪いの魔力が右手に残ってるな」
「……そんな……」
万能薬でもダメだった。
そうなると次は私の番……。
覚悟はしていたけれど、とたんにドキドキと鼓動が早まってくる。
すると、ルカが私を見ていることに気づいた。
「ごめん、万能薬だけじゃダメだったね。いけると思ったんだけどな」
そう笑って見せると、ルカが悲痛な面持ちで言った。
「……クレア、本当にいいの?今ならまだ間に合うよ」
彼の言葉とは裏腹に、「もうやめよう」とその瞳が言っている。
ずっと苦しめられてきた呪いの解呪よりも、私を心配してくれているルカ。
これ以上心配させたくないけれど、呪いに苦しんでいるルカを見るのはもっと嫌だった。
「大丈夫。薬の耐性を考えるともう次はないと思うし、今ここで全部終わらせよう」
まっすぐにルカを見てそう言った。
「私がちゃんとなくしてあげる」
にこりと微笑むと、私は白衣のポケットから仮死薬の瓶を取り出した。
シンプルで武骨な、その青い小瓶をじっと見据える。
きっと大丈夫。呪いだって魔力だ。
できる限りの理屈をかき集めて、私は自分に言い聞かせた時だった。
「クレア。これ」
ルカを見ると、彼は右胸の内ポケットから一つの包みを取り出した。
「……それ、ラムネ?」
「うん、こないだもらったやつ。呪いが解けたら食べるって言ったけど……今クレアに食べて欲しい」
そう言ってルカがラムネを差し出した。
つい先日、金髪のルカに私があげたあのラムネ。
「……いいの?あとで呪いが解けてから、食べた方がいいんじゃない?」
「それは、また新しいのをくれればいいから」
じっと私を見つめるルカ。
真っ黒い瞳は、不安というよりも祈りに近い強さを持っていた。
「わかった」
ルカからラムネを受け取ると、私はそっとラムネを口に含んだ。
いつも通りの甘酸っぱさに、なんだか泣けてくる。
「ありがとう、ルカ」
私は震える手で、仮死薬の瓶のふたを開ける。
大丈夫、大丈夫。
これはただの薬なんだから。
自分にそう言い聞かせて、ギュッと瓶を握りしめる。
深く息を吸い込むと、目をつぶって一気に飲み干した。




