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100. その呪い、受け取らせて?

 満月が、もう窓からは見えなくなってきた。

 だいぶ高くのぼったみたいだ。


 私は震える手で、そっとそのカプセルをつまみ上げた。

 まるで美しく輝く満月のような色をしたカプセルに、ため息が漏れる。


「……できた……」


 私の魔力を最大限に詰め込んだカプセルが、手のひらで輝いている。


 これでルカの呪いが解けるかもしれない……!


 私はそっとカプセルをケースにしまい、精製水と共に鞄に詰める。

 おくすりラムネをいくつかポケットに入れると、調剤室を出た。


 デスクの奥から、あの仮死薬をそっと取り出し、白衣の奥に忍ばせる。

 辺りを見回して、忘れ物がないことを確認すると薬局を飛び出した。


 長い廊下を駆け抜け、医務室へと急ぐ。

 窓から見える丸い月が、ずっと私を追いかけているようで、「お願いだから、今日は私の味方になってよ!」と心の中で話しかけた。




「お待たせしました!!」


 ノックもそこそこにドアを開けると、中にいた四人が驚いたように私を見た。


「クレアさん!」


 薬局長が立ち上がり、私を見た。


「……できました!」


 鞄を持ち上げて見せると、ホッとしたように四人が胸をなでおろす。


「クレア」


 ルカが、立ち上がって私を見る。

 私はにこりと頷いた。


「ルカ、見ててね。これが万能薬だよ」


 私は鞄を机にのせると、中から精製水と、カプセルケースを取り出した。

 そっとケースを開いて、黄色く光ったカプセルを取り出す。


「へぇ、すごいな。ほんとに黄色いんだ」


「美しいですわね!」


 オーウェン様とシャロン様が感嘆の声をあげた。

 一方のルカは怪訝な顔をする。


「これが万能薬?」


「ううん、これを精製水に落とすと万能薬になるの」


 私は、静かにカプセルを精製水に落とし込んだ。

 黄色い光がしゅわっとはじけ、金のように輝いた。

 そして、そのまますっと溶け込み透明の液体になる。


「……すごい」


 ルカが瓶をじっと見つめたまま、ぽつりとつぶやいた。

 薬局長も興奮を抑えられない様子で、眼鏡を上げながら言った。


「これって万能薬というよりも、魔力の塊ですね……!」


 魔力の塊……。


 その言葉がとてもしっくりときた。

 これだけ精製・凝縮された魔力を一度に摂取すれば、その人間にとって、どんな症状にも作用する万能薬になるのは当然だろう。


「ねぇ、ルカ。これで、きっと呪いを消せるよ!」


 私の魔力の質は『聖なる力』らしいから、呪いにはきっと効くはず!


 ルカを見ると、彼はすでに泣きそうな顔だった。


「……ありがとう……すごいものを作ってくれて……」


「なんでも治す薬を作るって約束したからね」


 私がそういうと、ルカはコクリと頷いた。


 そんな私達のやり取りを、静かに見ていたオーウェン様が腕組みをしながら言った。


「新月ではポーション飲んで、最後の抵抗を見せてた呪いだからな。

 今回、その万能薬でどんな反応を見せるか、ちょっと気になる」


 すると、シャロン様が自信満々で言い切った。


「この部屋は私の結界が張られております。前回よりもだいぶ強めのものなので、ルカ様の呪いが暴走する、ということがないと私は思っていますわ」


 その言葉に薬局長は頷くと、ルカを見た。


「ルカ君、準備は良いですか?」


「……はい」


 こくりと頷いたルカに近づくと、私はそっと万能薬を差し出した。

 しかし、ルカは受け取らない。


「ルカ?」


 ルカは黙ったままだった。

 ただ、じっと私を見つめている。


「クレア。仮死薬、持ってるよね?」

「え」


 固まる私。

 薬局長たちが息を呑むのが分かった。


「出して」


「な、何言ってるのルカ。私は万能薬しか持ってないよ?」


「……クレアは嘘をつくのが下手だよね、昔から」


 小さく笑って私を見つめるルカは、左手を出す。


「出して」


 もう、ごまかしようがない。

 

 私は白衣のポケットから、そっと小さな青い瓶を取り出した。

 ルカがため息をつく。


 だまそうとしていた申し訳なさと、だましきれなかったショックで、私も小さく息を吐いた。


「その薬使うなら、解呪しなくていいっていったよね?」


「ルカ、話を聞いて」


「クレアのこと、信じるって決めたけど……やっぱり無理だ。危険なことをさせるわけにはいかない」


「嘘をついてごめんね。でも、ルカ。この薬は安全だし、万が一のことがあっても、私の中の魔力が……」


「万が一のことがあったら、解呪できたとしても、その方が俺にとっては呪いだ!」


 ルカの叫びが響き渡る。

 彼は自分のことよりも、私のことを心配してくれている。

 胸がずきずきする。


「今日はもうやめよう。俺、帰る」


 そう言って部屋を出ようとするルカ。


「待ってルカ!」


 私が声を上げた時だった。


「お前は、こいつの覚悟を信じて、受け止めてやんねぇわけ?」


 オーウェン様が低い声でそう言った。

 ルカがぴたりと立ち止まる。


「俺達だって止めた。当たり前だろ。でもまぁこいつが考えた作戦だって、一応筋は通ってる。そもそも止めたって聞くようなやつじゃねぇだろ?」


「だとしても、絶対安全なんて言えないでしょう」


「どんな作戦だって、上手く行く保証なんてあるわけねぇじゃん。

 お前だって騎士団員ならわかるだろ。

 大体、何のために巫女が結界を張って、俺らがいると思ってんの?

 万が一の時は俺が呪いを押さえてやる。ちょっと痛いかもしれねぇけどな」


 ニヤリと笑うオーウェン様を、シャロン様がじろりとにらみつけた。


「オーウェン様のやり方は野蛮すぎますわ。ルカ様。この部屋にいる限り、私が呪いを抑えきります。だから心配ありません」


 薬局長もまっすぐにルカを見つめたまま、落ち着いた声で続けた。


「ルカ君、僕らはあなたと同じようにクレアさんを信じてるんです。ただし、絶対成功させるっていうクレアさんをね。彼女のこれまでの努力を見ていたら、絶対できるって僕も思います。彼女のこれまでの努力、あなたも本当はわかっているんでしょう?」


「……」


 黙り込むルカ。

 自分のことよりも、私を心配してくれているのがよくわかる。

 でも、私だってそれは同じだ。


「ルカ。私のこと信じてくれる?絶対に大丈夫。ルカも私も、誰も死なない。一人にさせない。お願いだから、その呪い、私に受け取らせて?私がちゃんと消してあげる」


 ルカの背中に呼びかける。

 両手の拳を握っていたルカは、頭をガシガシかきむしる。


「あー!!もう!クソッ!」


 驚いて彼を見ていると、ルカはゆっくりと振り返って、顔を上げた。


「……これで本当に何かあったら、覚悟してくださいよ?」


 底冷えする目で彼らをにらむルカ。

 三人は苦笑する。

 

 私が無理を言って、彼らに協力してもらったのに……。

 三人に申し訳なくて、私はルカをにらみつける。


「ルカ!ダメだよ」


「……すいませんでした」


 とても不満そうな顔でそう言うルカに、思わず笑ってしまった。

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