99.プレッシャーに押しつぶされる
いよいよ満月。
その日はもう朝から落ち着かなかった。
色々なことが不安だったのだ。
念のため、とお昼は一番大好きなランチを食べたし、ユイちゃんとお話もしておいた。
しかし、夕方になってはっとした。
こんな行動をとってしまう私は心から負けてる!と思い直し、
これから人生で一番頑張るから、そのための準備よ!と拳を握った。
「クレアさん、今日はもういいですから、少し休んでおいてくださいね。これからが一番大事なところですから」
薬局長がそう言ってくれたので、ありがたく事務所で一息ついた。
と言っても落ち着かないので、鏡を光らせる。
昨日、一瞬だけ光ったあの感覚をできるだけ再現させようと、一生懸命取り組むと、三回に一回くらいは全面が黄色く光るようになってきた。
「これって、良いペースかもしれない」
満月を味方につけることができるのは、きっと私にとって最大のアドバンテージだ。
呪いなんて吹っ飛ばしてやるんだから!
私はいてもたってもいられず、調剤室へと向かった。
夜になって、薬局長が調剤室へやって来た。
「クレアさん?大丈夫ですか?そろそろ僕らは医務室に……」
調剤室へ入ってきた彼は、そのまま固まった。
床一面にちらばるカプセルのかけらと、その真ん中にしゃがみこんでいる私に目を丸くしている。
「……全然、できないんです……」
彼を見た瞬間に、ポロリと涙が零れ落ちた。
「なんか今日もう全然ダメで……絶対成功させなきゃいけないのに、私、もう三十個も無駄にしちゃった……どうしよう。これじゃあ万能薬なんて作れないかも……ルカの呪い、解けないかもしれない……」
薬局長は私に近づくと、そっと肩を叩く。
「落ち着いてください。大丈夫です。まだカプセルはあります。今のあなたはちょっと焦ってるだけ」
彼はそう言うと、にこりと微笑んだ。
「満月の夜はこれからです。魔力はきっと足りてますから、あとは流し方を思い出すだけです。昨日、上手くいったんですよね?」
「はい」
「それなら、もう何も心配いらないじゃないですか。一度ラムネでも食べて、落ち着いてからやってみてください。満月がもう少し上がってから試してみたらどうですか?それまでは休憩」
その言葉に、すっと肩の力が抜けた気がした。
手の甲で涙をぬぐうと、私は頷いた。
「……わかりました」
「僕らは先に医務室に行って準備をしています。落ち着いたら来てくださいね」
薬局長は穏やかな声でそう言って、静かに出て行った。
再び一人になった調剤室で、私は座り込んだまま、しばらくぼんやりとしていた。
床に散らばったカプセルのかけらを眺めているうちに、少しずつ頭が冷えてきた。
窓の外を見ると、まだ低い位置に満月がある。
これから本番なんだ。
まだ大丈夫。カプセルだってまだ五十個くらい残ってる。
ルカもまだ呪いを抱えて頑張ってる。
私は深呼吸をして白衣のポケットから、おくすりラムネを一粒取り出した。
ポンと口に入れると、いつもの甘酸っぱさに安心する。
「よし!」
泣いたおかげでスッキリした私は、カプセルを一つ手に取った。
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一方、医務室――
「あんた、やっぱり国を代表する巫女なんだな。すげー結界」
「当然でしてよ?今まで私を何だと思ってたのかしら?あなたって本当に失礼ですわね」
つんっと顔をそむけるシャロンに、「はいはいすいませんね」と悪びれることなく言うオーウェン。
そこへフランツがやって来た。
「すみません、遅れました。うわ、すごいですね!入った瞬間のこの感じ。
さすがはシャロン様。今までと全然違う結界ですね」
「フランツ様!すぐにおわかりいただけて光栄ですわ!」
ほんのり頬を染めるシャロンに、オーウェンが呆れたような顔をする。
「ところで、クレアちゃんの方はどうなんだ?上手く行ってんの?」
「いやぁ、プレッシャーが相当あるみたいですね。あんなクレアさんを見たのは初めてです。……彼女なら大丈夫だと信じていますけど、今回は薬を作るだけじゃないですから……」
「そうだなぁ。一山超えても、命がけの作戦が待ってるんだもんな。……そこらへんの騎士団員よりよっぽど命かけてるよなぁ」
「私の結界の中に入れば、呪いを弱められるはずです。少しは力になれると思いますわ」
「そうですね。今は、彼女を待ちましょう」
そう言って、窓の外を眺める。
丸い月が、少しずつ空の上へと昇っていくのだった。
「失礼します」
ノックの後入ってきたのは、ルカだった。
一歩中に入った瞬間、結界に気づいたらしく、彼は右手をちらりと見る。
シャロンがその様子を見て、満足そうに笑う。
「よろしくお願いします」
彼は、すでに中にいた三人に頭を下げると、辺りを見回した。
「……クレアは?」
不安そうな彼に、フランツが穏やかな声で答える。
「クレアさんは、まだ調剤中です。もう少ししたら、万能薬を持ってきてくれるはずなので、ちょっと待っていてくださいね」
「……わかりました」
ルカは近くの椅子に座る。
静まり返る部屋で、誰も口を聞こうとしなかった。
そんな中、ルカが口を開いた。
「……何か変なこと、企んでませんよね?」
その言葉に、ちらりと彼を見る三人。
「変なことってなんだよ?」
「……俺、クレアは信じることにしたんですけど、それ以外はそうでもないんで」
「やばっ。お前そういうこと普通に言うの相当だぞ?」
「ふふっ!すごいですわね。まぁ気持ちはわかりますわ。推し以外はどうでもいいですもの」
オーウェンが顔を引きつらせ、シャロンは笑っている。
「ルカ君。クレアさんを信じているのは僕らも同じです。とりあえず今は待ちましょう」
フランツの言葉に、ルカは「わかりました」と黙り込むのだった。




