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98.満月まで

 満月まであと三日。

 私の万能薬づくりは、なかなか進まずにいた。


 そもそも、私の魔力が足りないから仕方ないのだけれど。

 でも、ずーっと鏡に向かって訓練してるんだけどなぁ。


 オレンジ色まではなんとか光るようになっているけど、やっぱり黄色はどう頑張っても無理だった。

 事務所のデスクで鏡とにらめっこしていた私に、オーウェン様が言った。


「そこまで変わってきてるなら、満月補正がかかれば、黄色くらい行けそうだけどな」


「でも、満月の夜に薬を飲ませたいのに、満月の夜に薬づくりに挑戦することになっちゃいます」


「ぶっつけ本番か」


「……なかなか厳しいですねぇ」


 落ち込む私に、オーウェン様も薬局長も黙り込む。

 沈黙が重くなりそうな時だった。


「あ、そういえば届いたんですよ。仮死薬」


「えっ!ほんとですか!?」


 ポンと手を叩いて、デスクから黒い箱を取り出す薬局長。

 思わず彼の元へ駆け寄る。


「すげーな。そんな簡単に手に入る代物だとは全然知らなかった」


 オーウェン様の呆れた声が聞こえた。


「これです。クレアさんと選んだ仮死薬」


 箱をそっと開けると、説明書が一枚入っていた。

 薬局長はそれをオーウェン様に差し出す。


「なに?選ぶほど種類があるわけ?」


「そうですよ。即効性のあるものとか、時間差で効くものとか、体に優しいとか結構種類豊富です」


 薬局長の言葉に、「体に優しいねぇ……」とオーウェン様は顔をしかめている。


「それで、僕らが選んだのはこれですね。外からの魔力に反応して効き目が出るタイプ」


 彼はそう言って、箱から小さな青い瓶を取り出すと、眼鏡を上げながらくるりと全体を眺めた。

 ラベルなどは特にないみたいだ。


「これは囚人とか、脱走兵向けのわりと安全なものなんです」


「……なにその限定的なターゲット。怪しすぎるな」


「大きな声では言えませんが、これ裏ルートから手に入れたんですよ。あとは察してください」


 こそこそ話す薬局長に、説明書きを見ていたオーウェン様は頬杖をつきながら言った。


「お前さ、それを俺の前で言っていいわけ?これでも一応バンバン悪い奴を投獄したり、戦地で人間を束ねてる身なんだけど」


「あ、そうでしたね。でも、もうすでにかなり昔から販売されてますから仕方ないです。仮死薬と言えばっていう基本ブランドですから」


 にこにこ笑う薬局長に、はいはいというように頷くオーウェン様。

 そのやり取りをしながら、薬局長は青い小瓶を私に差し出した。


 ドキドキしながら受け取る。


 これが仮死薬……。


 もしかしたら、使うことになるかもしれない。

 こんなに小さいのに、ものすごい存在感だわ。


「ただねクレアさん、これは買う前にも言いましたけど、呪いという魔力に反応するかどうかはどこにも書いてないから、全然わからないんです」


 私を見て言う薬局長に、オーウェン様が反応した。


「は?じゃあなに?上手く反応しなかったら、クレアが呪いにやられるかもしれないってこと?」


「そうです」


 頷く薬局長を見て、オーウェン様は私を見た。

 文句を言いたげなのが一発でわかる。


「大丈夫です。私の聖なる魔力は、きっと呪いになんて負けないはずですから。

 ルカが万能薬を飲んで、最低値まで呪いを弱めてくれたら、仮死薬で何とかなるはずです。それに、万が一仮死薬がうまく働かなくても、私の中の魔力が抑え込むと思います。魔力が最大になる満月だから、きっと大丈夫です」


「……お前のその自信はどこから来るんだろうなぁ?」


「オーウェン様だっていつも自信満々じゃないですか」


 私が言うと、薬局長が横でぷっと笑った。

 オーウェン様は呆れたように私を見る。


「なかなか言うな、お前。まぁ、俺と同じタイプだとしたら、自信持ってても不思議じゃねぇな」


「たぶん同じですから、大丈夫じゃないですか?」


 天才肌で努力家ですもんね。

 薬局長がそう言って笑うのだった。




 ****************



 満月まであと二日。

 右手の疼きがどんどん強くなっている。

 この感覚はすごく久しぶりだ。

 前回の満月よりも強い。


 たぶんクレアの薬で、呪いの力が抑え込まれていた期間が長かったからだろう。


 今回の討伐は行かないことになっている。

 不思議に思っていたけれど、昨日薬局長から言われた。


「満月の夜、クレアさんの万能薬を飲んでもらいますよ。それで解呪できるか試しましょう」


「どうして満月の夜なんですか?呪いが一番強いのに」


「薬に耐性が出来つつある今、時間の引き延ばしは危険です。調剤をするクレアさんの魔力が一番強くなる日でもあります。なので満月の夜に試すことにしました」


「……わかりました」


 正直納得はいってない。

 あの人にしては、だいぶ無理のある言葉だったと思う。


 しかも、俺が討伐に出ないということは、おそらくオーウェン様も絡んでいる。

 彼も満月の解呪に関わるはずだ。


 本当に解呪できるならば、これ以上のことはないけれど、ものすごい違和感に落ち着かない。


「……クレア、やっぱり変なこと考えてないだろうな?」


 満月の夜に俺の手を、手袋ごしとはいえ触れた彼女のことだ。

 おとなしくしているとは思えない。


 解呪なんかよりも、大事なものを失いそうな気がして、恐怖と焦燥感につつまれるのだった。




 **************



 明日はいよいよ満月。


 鏡に映る私の魔力は、相変わらず黄色くならない。

 オーウェン様にコツを聞いて、色々試してみたけれど、やはり私の限界はここまでのようだった。

 満月補正に頼るしかない。


 気持ちを切り替えて、調剤に向き合うことにした。


 明日、ぶっつけ本番で万能薬を作るのは、やっぱり不安だ。

 残りのカプセルは八十個。


 私は「マシュマロ・圧縮」を唱えながら、カプセルに魔力を込める。

 いくつか割りつつも、数個は色付きカプセルを作り上げていく。


 そして、今日最後のチャレンジ!と思って始めた調剤。

 オレンジ色に染まったカプセルを見つめつつ、もう少し圧縮してみようかな、と思い立った。


 体の中から魔力を集め、それを丸いマシュマロにするイメージ。

 さらに圧縮してカプセルに込める……!!


 その瞬間、きらりと一瞬カプセルに黄色が混じった。


「え!?」


 驚いて集中力が切れてしまった。

 パンっとはじけたカプセルが、キラキラと舞い散った。


「……今黄色くなったよね?」


 やっぱり圧縮って大事なのかな?


 私は急いで鏡を取り出すと、今と同じ感覚で魔力を流し込む。


 青、紫、赤、オレンジ……そして、そこに黄色が少しずつ混じり始める。

 集中!


 私は体中の魔力に意識を集め、流し続けた。

 丸い鏡が、全面キラリと黄色くなった。


「わぁ!」 


 声を上げた瞬間、私の限界が来た。


「はぁ~~」


 がくりと調剤台に手をつき、息をつく。


「……できた!絶対黄色かった!!」


 確かに黄色くなった。

 鏡を覗き込むと、興奮で上気している自分の顔が映った。





 退勤後、一人廊下を歩いて寮へと戻る。

 私は窓の外に浮かぶ、ほぼ丸くなった月を見ながら考えた。


 今日、一瞬だけど黄色く光った。

 あれって満月補正の一種かな?

 もう明日が満月だし、今もほぼ丸いもんね。


 ルカも満月が近づくたびに、呪いが強くなるみたいだし……。


 私、明日ちゃんと万能薬作れるかな?

 ルカの呪い、解けるのかな?

 仮死薬、ちゃんと効くかな?


 ……効かなかったら……私、死んじゃうのかなぁ……。


 色々考えていたら、なんだかすごく怖くなってきた。


 絶対できるって思ってたけど、なんであんなに自信満々だったんだろ?

 オーウェン様が不思議がるのも無理はない。


 ……でも、もう絶対にやるって決めたから。


 ルカを戻してあげたい。

 ルカと一緒に生きていきたいから。


「よし!がんばる!」


 一人そうつぶやいた時だった。


 少し先の曲がり角から人が歩いてきた。


「!」


 私は思わず足を止めそうになる。

 ルカが一人で歩いてきたのだ。


 少しうつむいて歩いていた彼は、私に気づいた瞬間、ぱっと視線を落とした。

 右手をぐっと握っている。

 私に近づいてほしくない、というのがなんとなくわかってしまった。


 きっと、呪いの力が強まっているのだろう。

 私はできる限り距離を取ってすれ違えるように、廊下の一番端に寄った。


 ルカも同じように、反対側の端に寄って歩いてくる。


 少しずつ近づく距離に、ドキドキする。

 お互い目を合わせることなく、そのまま静かにすれちがった。


 ほっと息をつくと、私は振り返らずにそのまま廊下を進む。

 ルカの靴音もどんどん遠くなっていく。


 こんな風にすれ違うのは今夜が最後だ。

 明日は絶対に呪いを解いて、一緒に歩けるようにする。


 不安や恐怖よりも、その気持ちが強まる私だった。



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