96.【ルカ視点】走る
「一口だけなら飲んでいい、ってことだからちょっとだけど」
「うん。わかった」
差し出された小さなコップを受け取る。
彼女の指先に触れないように慎重に。
近づくのが怖いというのが、本音だ。
でも、それと同時に触れたいとも思う。
もう一度、この手で抱きしめられたら。
そんなことを思ってしまう。
だからこそ絶対に触れてはいけない。
今の俺は、呪いをコントロールできない。
「ルカ?」
なかなか薬を飲まない俺を見て、クレアが不安そうな顔をする。
「見た目は同じだね」
「うん、でもたぶん飲んでびっくりすると思う」
にこにこと、自信に満ちた表情をする彼女。
……可愛い。
頼むから、もうそういうのやめてくれ。
「へぇ。そうなんだ」
なるべくそっけなく響くように、相槌を打ったけれど、上手くできたかはわからない。
「じゃあ、いただきます」
「うん。どうぞ」
その一言に、ぎゅっと胸を掴まれつつも、ポーションを一気に飲み干した。
「……甘い、というか濃い」
「ねー、すごいでしょ?今までのよりも濃いよね?」
嬉しそうに笑うクレアに、同意する。
「うん。すごい。でも、飲みやすい」
「なんかねぇ、今までよりも私の魔力量がたくさん入ってるみたいなの。ハイポーション並みだって」
「だからか。全然違う。味もそうだけど、たった一口なのにすごい効果を感じるよ。右手がちょっと軽い」
それに、さっき演習でやられた腕の痛みが、嘘のようになくなったのだ。
「……こんなに違うのか」
思わずつぶやくと、彼女が言った。
「良かった。ちゃんと効果をわかってもらえて。ポーションでこれだから、万能薬ともなれば絶対すごいはずだよね!」
「これ作るの大変じゃないの?」
「うん、難しい。でも、楽しいのもあるよ。魔力はいっぱい使うけど、その分薬に込められてるってことだし、効果があるって思えば全然平気!
これでもか!ってくらい魔力を込めるから、呪いなんてすぐなくなるよ」
大変だとは一言も言わないクレアは、明るく笑う。
その笑顔に思わず、目を細めてしまった。
あぁ、もう本当に嫌だ。
手の届く距離にいられると、余計に辛い。
今すぐ引き寄せたいこの気持ちを、どうしたらいいんだろう?
俺のために一生懸命頑張ってくれているのに、何考えてるんだ俺は。
この後走るか?
「あー、もうほんとに……」
なんで二人きりにさせるんだろうか、あの薬局長。
苦行にもほどがある。
「?」
首をかしげる彼女を見て、ため息をついた。
本音なんて言えるわけがない。
「……ほんとに呪い、解けそうだなって思って」
「でしょ!?」
俺の気も知らずに、調剤の話をするクレアに申し訳なさが募るのだった。
特別調剤を終え、医務室を出た俺は、結局そのまま走りに行くことにした。
頭を空っぽにしたい。
そう思って廊下を歩いていると、同僚たちにばったり出会った。
「おー、ルカ。お疲れ。測定してきたのか」
「黒髪に戻ってからも毎日大変だよなー」
「癒しの女神に毎日会えるなら、むしろうらやましい」
「……薬局長だ、馬鹿」
金髪で全てをさらしてしまった俺は、もう嫉妬や怒りを隠すこともしなくなった。
「え、そうなの?なんか機嫌よさそうだったから、てっきり今日は女神様かと」
変にカンが鋭くて腹が立つ。
「薬局長ってあの眼鏡の人だろ?中性的で物腰の柔らかな……」
「あー、あの人か。たまに薬局行くと、穏やか~な感じで俺は結構いい印象あるけど」
「でも、オーウェン様と仲いいぞ、あの人」
「わぁお……そりゃあなかなか曲者なんだ?」
「かなり」
「そうだ!オーウェン様といえば、ルカ、お前今度の満月、討伐チームに入ってなかったぞ」
「え?」
「さっき騎士団に来てさ、部隊長に言ってた。違う任務に就かせたいって」
「え……なんだろう?」
「二人でバカでかいのでも倒しにいくんじゃね?」
「こわー。でもお前ら二人そろう方が怖いからちょうどいいかもなぁ」
「あと九日後らしいから、覚悟決めとけよ」
そう言って俺の肩をポンとたたきながら、彼らは行ってしまった。
オーウェン様と別の任務?
……満月に?
考えてみたけれど、全然わからない。
「とりあえず走るか」
そう決めた俺は、外の演習場へと向かうのだった。




