94.共犯
「クレアさん、これ、なんですか?」
事務所で書類を書いていた私の元へ、薬局長がやって来た。
静かな低い声で質問してきた彼の手には、一枚の紙。
「あ……」
まずい。
すっごい見覚えがあるぞ、あの用紙……。
「これ、仮死薬のパンフレットですよね?なんでこんなものを取り寄せてるんです?」
パンフレットをひらひら振りながら、じろりと私をにらむ薬局長。
「えぇと、仮死薬ってどんなものかなぁって勉強を兼ねて……」
「ご丁寧に、丸で囲んであるじゃないですか、この商品!」
指さされた薬は、確かに先ほど私が「これいいかも」と思って赤で丸した仮死薬だった。
「えーと、なんでそれを薬局長がお持ちに?」
「僕のところに、さっき書類持ってきてくれたでしょう?そこに挟まってました」
「えぇっ!?」
うっかりミスもいいところだ。自分でも嫌になる。
「てっきり僕に『これを注文してください』って、無言の圧力をかけてきてるのかと思いましたよ」
「注文してくれるんですか!?」
「しませんよ!」
「……ですよねぇ」
しょぼんとする私に、薬局長はため息をついた。
「クレアさん、これお勧めじゃないんです。いいのはこっち」
そう言って違う薬を指さす薬局長に、思わず「え!?」と声を上げる私だった。
そのまま薬局長室へと連行された私。
そこには、なんとオーウェン様もいた。
すでに全てを知っているらしい彼は、どっかりとソファに座って、私をじっと見ていた。
もうやだ、この人の本気は怖すぎる……。
「……お二人は、ほんと仲良しなんですね」
二人に睨まれた私は、口を尖らせてそうつぶやいた。
「お前みたいな命知らずを止めるのは、俺達大人の責任だからなぁ」
「私だって大人です」
「恋だか愛だかに命投げるようなやつは、まだまだガキだろ」
オーウェン様の言葉は手厳しい。
「お前さ、俺言ったよな?一人も死人を出さずに解呪しろって」
「私は死ぬつもりなんてありません。上手くいくと思うんです」
「根拠のない自信だろ?そういう奴ほど、戦場だとすぐ死んでくんだぜ?」
数々の死線を潜り抜けてきたであろう彼の言葉に、私は何も言い返せなかった。
白衣を握り締める私に、薬局長は子どもに言い聞かせるように言った。
「クレアさん、僕らは心配しているだけなんです。上手くいくかもしれない。でも失敗したらどうします?もう戻れません。あなたも、そしてルカ君も。僕らだってあなたに何かあったらと思うと、恐ろしくてとても賛成できません」
彼らが私のためを思ってくれているのは、よくわかった。
申し訳なさはもちろんある。
「万能薬で呪いを綺麗に消すことができたなら、私は仮死薬なんて飲みません。でも、もしも万能薬じゃダメだったら……そうなると、薬だけじゃもう解呪なんてできませんよね? 薬に耐性ができてしまっているんですから」
そう。ずっと考えていた。
もし、万能薬で解呪できなかったら?
耐性もできているのであれば、私の薬じゃもう無理なんだと思う。
そうなると私に残った最後の手段は――仮死薬しかない。
「万能薬で呪いを抑え込んで、小さくなった呪いを私が受け取る。仮死薬を飲んでいれば、きっと大丈夫だと思います」
「呪いの大小なんて関係あるのかわかんねぇぞ。しつこいからな、アレ」
打てば響く速さでそう言われ、挫けそうになる。
でも、私だって色々考えてるんだから!
「でも……私の魔力が呪いに効くのなら、私の体の中に流れる魔力で、呪いを抑えられるんじゃないかなって思ってるんです。仮死薬が失敗しても、私の魔力が、万能薬で小さくなった呪いを消す……そうなるんじゃないかって」
「それ、つまり三段構えってこと?」
オーウェン様が目を見開いた。
「はい。まずは万能薬。ダメなら仮死薬。それもダメなら、私の中の魔力で消します」
「……どれも決定力がないのが嫌なんだよな」
あごに手を当てながらつぶやくオーウェン様に、薬局長も頷いた。
やっぱり、簡単には納得してもらえないか……。
わかってはいたけれど、本気の彼らを相手にするのは分が悪すぎる。
そう思っていた私に、オーウェン様がさらに追い打ちをかける。
「お前の中の魔力で消すって言ったって、そこまでお前の魔力は高いわけ?だいたい、新月ってのは魔力が一番低くなる時だ。解呪だって新月が基本だろ? その時に勝負を仕掛けるのは、よっぽど勝算がないと無理だね」
「だったら、私の魔力が一番高くなる、満月の日に解呪します!」
「お前馬鹿か?満月だと、呪いだって最大値になるんだぞ?」
「はい。でも、私も最大です。呪いは、満月の万能薬で最小値に抑え込めるはずです」
「……おいおい。それマジで言ってんのか?」
「はい」
きっぱりと頷いた私。
オーウェン様はため息をついてから、探るような瞳で薬局長を見る。
「まぁ、理論上はいけると思いますけど……困りましたね。完全な思い付きだけではないようです」
黙り込む二人。
それぞれが、あれこれと考えていることがよくわかった。
時間だけが静かに過ぎていく。
しばらく黙っていたけれど、私の考えはやっぱり変わらなかった。
「私だって、死ぬつもりないんです。だってルカと生きていくって決めてるから」
そう言って彼らをぐっと見つめる。
すると、薬局長がため息をついた。
「……シャロン様に聖水の準備と、結界を貼ってもらわないとですよね」
「そうだなぁ。次の満月だろ?俺もだけど、ルカに討伐入れないように手配しとかねぇとなぁ」
オーウェン様も頭をかきながら言った。
「!それって……」
「お前、俺達が止めたってこっそり仮死薬飲むだろ?だったら、生き残る確率を上げるために手を貸した方がまだマシだ」
ため息交じりにそう言われたけれど、その言葉に喜びが私の胸に広がっていく。
思わず笑顔になる私に、薬局長が眼鏡を上げながらくぎを刺した。
「言っておきますけど、万能薬が完成したら決行ですよ?無理だったら、この作戦は今後一切認めません」
「わかりました!」
強くうなずくと、オーウェン様の紫の瞳が私を厳しく見た。
「満月まであと十日。死ぬ気で魔力上げときな。そうじゃねぇとほんとに呪いに食い殺されちまうんだからな」
「ありがとうございます!!」
頭を下げる私。
二人とも、私を完全に信頼してくれたわけじゃない。
しぶしぶ手を貸してくれているのがわかった。
それでも、私は嬉しかった。
私の覚悟と本気、そして、絶対生き残るという気持ちを、受け取ってくれたと思えたからだ。
「これ、バレたら俺達たぶん灰にされるぜ?」
「ですよね。もうここまで来たら絶対解呪させましょう」
そんな話声が聞こえてきた。
なんだか胸の奥がじんわりと熱くなる。
私とルカのために、動いてくれている人達がいる。
私だけで頑張らなくてもいいんだ。
そう思うと、なんだか泣きそうになってしまった。




