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93.ひらめき

「あー!また割れた!!」


 パンっと弾けたカプセルを見て、私はイライラした気持ちを押さえられなくなった。


「もうなんなの!どうしてこんな簡単に割れちゃうんだろう!? このカプセル絶対劣化してるよね!?」


 もうやだー!!と投げ出しそうになりながら、足元のゴミ箱を見つめる。

 中は割れたカプセルの山。


「はぁ……上手くいくのかなぁ」


 古い調剤道具に挑戦を始めてから三日目。

 割ったカプセルの数は、すでに六十を超えていた。


「……一日に二十個割ってる計算だわ。三百なんてあっという間になくなっちゃう!!」


 貴重なカプセルをこれ以上割ることはできない。


 私は調剤を切り上げ、鏡の魔道具を取り出した。

 毎日コツコツと取り組んでいた結果、だいぶ色が変わるようになってきていた。


「赤からオレンジ寄りになっては来てるけど……」


 先日、ふらりと薬局に現れたオーウェン様に、色を変えるコツを聞いてみた。


 すると彼は、いつも通りの軽い感じで「気合?」と言った。

 あまりに簡単すぎる一言に文句を言ったら、笑いながらちゃんと真面目に教えてくれた。


 しかし、彼のアドバイスはこうだった。


「今よりも、もっと魔力を圧縮させる感じで」


 真面目に言ってくれたぶん、ツッコむこともできない。


「魔力を圧縮?」


「そうそう。ぐっと無理やり縮める」


「それってどうやるんですか?」


「だから縮めるわけだよ、ぐっと」


「……天才って教えるのは下手ですよねぇ」


「魔術師なら伝わるんだけどな、圧縮って言えば」


 すみません、私魔薬師なんで。


「縮めてたくさん詰め込むってことですよねぇ?」


「そうそう。それ、感覚わかる?」


「絹糸を手のひらから出すようにって前に薬局長に言われたんですけど、その絹糸にマシュマロとかそういうのを入れ込む感じですか?」


「マシュマロ?……独特な表現だけど、まぁ悪くはないな。それでやってみな」



 そんな感じで軽く言われたけれど、これが意外とうまくコツをつかみつつあった。


「もう少し慣れれば、オレンジになるかもしれないなぁ」


 カプセルを無駄にしないためにも、数日間は鏡の訓練をした方がいいかもしれない。

 まずは確実にオレンジになるまで頑張る。


 それが今の私の目標だ。






 その日の閉店間際だった。

 薬局にはオーウェン様と薬局長しかおらず、私は一人で閉店作業に入っていた。


「なぁ、その万能薬ってのはあいつに効くの?」


 薬局長と話をしていたオーウェン様にズバリと聞かれて、私はドキリとした。


「……わかりません。でも、いつも作ってるポーションよりは私の魔力が込められるはずだから……」


「なるほどね。あんたの魔力が効くのであれば、量をぶつければいいってのはまぁわかる」


 半分くらいは納得してやろうか、みたいな顔をしているオーウェン様に、どう説明しようかと私が考えていると、薬局長が助け船を出してくれた。


「一応、万能薬はその名の通り、あらゆる症状に効く薬とされています。呪いに効くとは書いてないところが少々心配ですが……」


「ふぅん」


 オーウェン様は、いつものように頬杖を突きながら相槌を打ったその時だった。


「失礼いたします」


 そう言って入ってきたのは、なんとシャロン様だった。


「え、シャロン様?」


「ごきげんよう。確認したいことがあって参りましたわ」


 彼女はツカツカと薬局長の前まで行くと、凛とした表情で彼を見た。

 推し活バージョンではないので、どうやら仕事の話らしい。


「フランツ様、ルカ様が新月前に素の姿に戻られたというのは本当ですの?」


「えぇ、本当ですよ。新月の五日前に金髪に戻りました。今朝には黒髪に戻っていたので、昨日までは金髪だったようです。トータル六日間戻ってましたね」


「……そんなことが……!」


 彼女は驚きを隠せない様子で、目を丸くしていた。


「それはクレアさんの薬の効果ですの?」


「おそらく。ただ、薬への耐性が付き始めてしまっているので、しばらく薬の投与は控えることにしました」


「……そうでしたか」


 シャロン様はそう言って、考え込むようにうつむいた。


「呪いが弱まるなんて通常ではありえません。信じられませんわね……」


 なんだか怒られる気がして、ちょっとびくびくしてしまう私。

 しかし、彼女は全くそんなつもりはなかったようだった。


「あら、クレアさんお久しぶり。満月の夜以来かしら?」


 初めて私に気づいたらしく、そう言ってにこりと笑った。

 推し活バージョンではなかったとはいえ、やはり薬局長しか見えていないのね。


「推しを越えた愛、しかと見せていただきましたわね。あの夜は忘れられませんわ」


 私達の間に何かあったんじゃないかと思われるようなセリフだったので、私は思わず薬局内を見回してしまう。

 ほんとに、これ以上の噂は勘弁してほしいもの。


「おひさしぶりです。と言っても、私、花まつりのセレモニーでシャロン様を見ました。すっごい綺麗でしたねー!!」


「あら、あなたも会場にいらしたの?うらやましいですわ。私、セレモニーには毎年出ているというのに、お祭りそのものは一度も行ったことがないの」


「え、そうなんですか!?シャロンモデルって知りません?」


「?なんですの?」


 首をかしげる彼女にシャロンモデルの説明をしていると、薬局の扉が開く。


「失礼いたします」


 聞き覚えのある声に思わず振り返ると、なんとルカが入ってきた。


「え」


 と固まる私に、薬局長がはっとしたように時計を見る。


「すみません!ルカ君、時間をすっかり忘れていました!!!」


 慌てる薬局長に、ルカはいつも通りの落ち着いた様子で淡々と言った。


「いえ、大丈夫です。なかなかいらっしゃらないから直接来ちゃったんですけど、いいですか?」


「えぇいいですよ!ほんとに申し訳ない。今すぐ測定しましょう!!座っててくださいね!」


 どうやら薬局長のミスで、ルカはこちらまでやってきたらしい。


「フランツ様がミスするなんて珍しいですわね」


 でもそこがまたいい!と急に推し活モードに入るシャロン様。

 私はというと、突然のルカにドキドキして落ち着かない。


 ルカは、そんな私とシャロン様に軽く頭を下げると、オーウェン様の隣に座った。


「ここに来る理由ができて良かったな」

「うるさいですね」


 そんなやり取りが聞こえてくる。

 すぐに薬局長が測定値をもって戻ってきた。


 数値はどうかな?と気になる私に、シャロン様が言った。


「ところで花まつりの出店ってたくさん出ていますわよね?激辛料理とかもあるのかしら?」


「えぇ?激辛はちょっと記憶にないんですけど……でも本当に、たくさんお店が出てます。美味しい物もあるけど、変なものも売ってるんです。植木屋さんとか、虫屋さんとか」


「虫?やだ。誰が買うのかしら?私ちょっと苦手なの」


「ほんとですよね。でもちょっと面白そうでしたよ? 寒くなると仮死状態になるっていう虫がいてびっくりし……」


 そこまで言って私は固まった。

 シャロン様が顔をしかめて、私を覗き込む。


「クレアさん?」


「仮死状態……?」


 私の中で、カチリとなにかがハマった。


「あの……仮死薬ってどうでしょう?」


 立ち上がってそう言った瞬間、部屋の空気が止まった。

 その場にいたみんなが私を見る。


「はい?」


「お前、何言ってんの」


 怪訝な顔をする大人二人と、まっすぐに私を見るルカ。


「死んだふりすれば、呪いって消えませんかね?」


 思ったことを言ってみる私に、薬局長がすぐに言った。


「クレアさん、そういう突飛な発想やめてくださいよ」


「仮死薬ってありますよね?」


「なくはないですけど……」


「呪いをだませるかもしれないですよ?」


 私の言葉に、オーウェン様が特大のため息をついた。


「お前、万能薬を作ってるんだろ?とりあえずそれでいいんじゃないか?」


「万能薬は作ります。そのうえで仮死薬をプラスすれば、解呪は間違いないかなって……」


「クレアちゃんて大博打打つタイプなんだな。命賭けすぎだろ」


「そんなことないと思います。仮死薬って今は安全ですよ? 実際に使ってる例もたくさんあるし、そこまで危険じゃない気が……」


 私がそう言った時だった。


「そんなの絶対ダメだ!」


 ずっと黙っていたルカが、バンと机をたたいて立ち上がった。

 驚いて彼を見ると、ゆっくりと顔を上げて私をにらみつける。


「仮死薬ってなんだよ。死んだふりしてだます?そんなことできるわけないだろ。だいたい、死んだふりが効かなかったらどうするんだよ!?」


 大声を出すわけでも、怒鳴り散らすわけでもない。

 でもこんなに怒っているルカを、今まで見たことがない。

 迫力に圧倒されてしまった私は、恐る恐る口を開く。


「……でも、ルカが万能薬を飲んで魔力を抑え込んでおけば、私自身の魔力で抑え込めるかも……」


「絶対嫌だ。そんなことするくらいなら、解呪なんてしなくていい!」


 ルカはそう言うと、測定器を乱暴に外して、出て行ってしまった。


「……ルカ……」


 しんと静まりかえる薬局。


 何も言えなくなる私に、オーウェン様が言った。


「まぁそりゃ怒るだろ。あんたさ、自分の命かけてるってわかってる?あいつは、あんたを心配してるんだぜ?」


「そんなのわかってます!でも……私うまくいく気がしてるんです」


「根拠のない自信だな」


 呆れたように言われて、泣きそうになる。

 馬鹿なことを言ってるってわかってる。

 でも……そんなにダメなのかな?

 仮死薬って今はわりと安全な薬なのに……。


 すると、薬局長が静かに言った。


「クレアさん、確かに仮死薬は実際使われていますし、そこまで心配するほどのものじゃないかもしれない。ただね、今回の場合、使用状況が特殊です」


 仮死薬の何がいけないのかわからない私を、丸眼鏡の奥の瞳がじっと見つめていた。


「すでに仮死状態になっているあなたに、ルカ君が呪いを渡せるのかわからないでしょう?

 呪いをもらってから仮死状態になるにしても、仮死薬のタイミングが難しい。

 薬のタイミングが少しでもずれたら、あなた本当に死んでしまいます。呪いでね」


 私の言葉で、薬局長がすぐにそこまで考えていたという驚きと、私自身の詰めの甘さを思い知らされた。


「……そうなってしまったら、ルカ様は後悔してもしきれませんわね」


 さらにシャロン様の美しい声でそう言われて、私は唇を噛みしめる。


「……わかりました。すみません、変なこと言って」


 うつむいて声を絞り出す私。

 静かな薬局に、私の声だけがぽんと置かれたようだった。


「ルカ君には僕から話しておきますから、今日はもう帰って休んでくださいね」


「はい」


 この場では頷くことしかできない私だったけれど、この方法も検討するべきなのではないか、という思いがずっと心の中に残っていた。

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