92.5【ルカ視点】新月の時の記憶
昨日までの数日間が嘘のようだった。
鏡に映る自分は黒髪・黒目で、右手にはねっとりとした魔力が重苦しく絡みついている。
刻印も赤黒くはっきりと右手の甲に刻まれている。
それでも、なんとなく気持ちは穏やかだった。
もう拒絶という形で、彼女を守ることはしないと決めたからだ。
クレアは黒髪の俺のことも、きちんと受け止めてくれている。
それが一番大きかった。
「とはいえ……ちょっと今日は休みたい……」
金髪だった間、俺は同僚たちに何を言った?
クレアの職場に押しかけて何をした?
オーウェン様や、薬局長に何を言った?
やたらと知らない女性から声をかけられるとか、隙だらけじゃなかったか?
あぁ、もう本当に全部覚えすぎていて消えたい。
「はぁ~~」
重いため息をついて、のそのそと身支度をするのだった。
数日間、新月の俺でいた影響が怖すぎて、急に頭を抱えたり、ため息をついてしまう俺だった。
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「戻ったな」
顔を合わせたとたん、オーウェン様はそう言った。
「戻りました」
「っていうか、魔力までこんな一気に上がるわけ?」
俺の顔から右手に視線を移した彼は、顔をしかめた。
「呪いが薬に耐性を持ち始めたらしいんです。しばらく薬を飲まないことになりました」
「マジか。耐性なんて考えもしなかった……」
さすがのオーウェン様も驚いているらしい。
「じゃあ、ますますクレアちゃんには会えないわけだ?」
「……そうですね」
いちいちそんなこと言わなくていいのに、と思いつつ頷く。
「そんな怖い顔すんなよ。誰も取んねーから」
「……」
「お前、そうとうマーキングしてたもんなー。あれだけ周りを威嚇してれば、誰もあいつに手を出そうなんて思わないって」
ニヤニヤ笑うオーウェン様の言葉に、顔が熱くなる。
「っ……!い、威嚇なんて……」
「してたな。金髪のお前やばかったぞ。笑顔が綺麗すぎて怖かった。あぁいう方法もあるんだなって勉強になったもんなぁ」
同僚たちにも、同じことをさっき言われたばかりだ。
思わず口元に手を当てると、彼は楽しそうに俺を見た。
「まぁ、クレアちゃんだって、なんだかんだあんたを大事にしてたみたいだし、さっさと呪いなんて無くしちまえばいいんだ。次の新月で一気に叩けばいいんだろ?」
「……何か知ってるんですか?」
「あぁ。今薬局行ったらさ、面白いことしてた。昔の調剤道具?ってやつを使って万能薬を作ってるんだと。全然できねーって頭抱えてたけど」
昨日手に入れたあの道具……。
さっそく頑張ってくれてるのか。
『絶対治してあげる。だから安心して待ってて』
そう言って笑ったクレアの顔を思い出し、思わず胸に手を当てる。
「あいつ、すごいな。 癒しの女神なんて言われてたから、才能一つでやって来たおめでたいタイプだろって思ってたけどさ、全然違うな」
「今頃気づいたんですか」
むっとして思わずそう言うと、彼は肩をすくめた。
「いや、ちゃんと前から認めてたけどさ、ますます感じるんだよなー。今だって、魔力どんどん伸びてるんだぜ?魔術師団の下っ端なんてたぶん負けてる」
「……魔術師団?」
「そうそう。万能薬ってのは、魔力が高くないと作れないらしい。今の自分じゃ無理だから、魔力の上げ方を教えてくれってさっき言われたわけ。
さすがにこのままじゃ厳しいけど、満月補正で上手くいくかもなーって感じ」
先へ進もうと、努力を続けてくれている事実に言葉が出なかった。
同時に、何もできない自分がもどかしい。
「まぁ、その努力の先にお前がいるから、頑張れるんだろうな」
まっすぐに言われた言葉に、胸がいっぱいになる。
「……たまには良いこと言いますね」
つい憎まれ口をたたいてしまったけれど、彼は気にした風もなく「そうだろ?」と笑った。




