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92.5【ルカ視点】新月の時の記憶

 昨日までの数日間が嘘のようだった。


 鏡に映る自分は黒髪・黒目で、右手にはねっとりとした魔力が重苦しく絡みついている。

 刻印も赤黒くはっきりと右手の甲に刻まれている。


 それでも、なんとなく気持ちは穏やかだった。

 もう拒絶という形で、彼女を守ることはしないと決めたからだ。


 クレアは黒髪の俺のことも、きちんと受け止めてくれている。

 それが一番大きかった。



「とはいえ……ちょっと今日は休みたい……」


 金髪だった間、俺は同僚たちに何を言った?


 クレアの職場に押しかけて何をした?


 オーウェン様や、薬局長に何を言った?


 やたらと知らない女性から声をかけられるとか、隙だらけじゃなかったか?


 あぁ、もう本当に全部覚えすぎていて消えたい。


「はぁ~~」


 重いため息をついて、のそのそと身支度をするのだった。

 数日間、新月の俺でいた影響が怖すぎて、急に頭を抱えたり、ため息をついてしまう俺だった。




 ********




「戻ったな」


 顔を合わせたとたん、オーウェン様はそう言った。


「戻りました」


「っていうか、魔力までこんな一気に上がるわけ?」


 俺の顔から右手に視線を移した彼は、顔をしかめた。


「呪いが薬に耐性を持ち始めたらしいんです。しばらく薬を飲まないことになりました」


「マジか。耐性なんて考えもしなかった……」


 さすがのオーウェン様も驚いているらしい。


「じゃあ、ますますクレアちゃんには会えないわけだ?」


「……そうですね」


 いちいちそんなこと言わなくていいのに、と思いつつ頷く。


「そんな怖い顔すんなよ。誰も取んねーから」


「……」


「お前、そうとうマーキングしてたもんなー。あれだけ周りを威嚇してれば、誰もあいつに手を出そうなんて思わないって」


 ニヤニヤ笑うオーウェン様の言葉に、顔が熱くなる。


「っ……!い、威嚇なんて……」


「してたな。金髪のお前やばかったぞ。笑顔が綺麗すぎて怖かった。あぁいう方法もあるんだなって勉強になったもんなぁ」


 同僚たちにも、同じことをさっき言われたばかりだ。

 思わず口元に手を当てると、彼は楽しそうに俺を見た。


「まぁ、クレアちゃんだって、なんだかんだあんたを大事にしてたみたいだし、さっさと呪いなんて無くしちまえばいいんだ。次の新月で一気に叩けばいいんだろ?」


「……何か知ってるんですか?」


「あぁ。今薬局行ったらさ、面白いことしてた。昔の調剤道具?ってやつを使って万能薬を作ってるんだと。全然できねーって頭抱えてたけど」


 昨日手に入れたあの道具……。

 さっそく頑張ってくれてるのか。


『絶対治してあげる。だから安心して待ってて』


 そう言って笑ったクレアの顔を思い出し、思わず胸に手を当てる。


「あいつ、すごいな。 癒しの女神なんて言われてたから、才能一つでやって来たおめでたいタイプだろって思ってたけどさ、全然違うな」


「今頃気づいたんですか」


 むっとして思わずそう言うと、彼は肩をすくめた。


「いや、ちゃんと前から認めてたけどさ、ますます感じるんだよなー。今だって、魔力どんどん伸びてるんだぜ?魔術師団の下っ端なんてたぶん負けてる」


「……魔術師団?」


「そうそう。万能薬ってのは、魔力が高くないと作れないらしい。今の自分じゃ無理だから、魔力の上げ方を教えてくれってさっき言われたわけ。

 さすがにこのままじゃ厳しいけど、満月補正で上手くいくかもなーって感じ」


 先へ進もうと、努力を続けてくれている事実に言葉が出なかった。

 同時に、何もできない自分がもどかしい。


「まぁ、その努力の先にお前がいるから、頑張れるんだろうな」


 まっすぐに言われた言葉に、胸がいっぱいになる。


「……たまには良いこと言いますね」


 つい憎まれ口をたたいてしまったけれど、彼は気にした風もなく「そうだろ?」と笑った。


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