92.黄色く光らせる
翌朝早く、私は職場の調剤室へとやってきた。
昨晩、花まつりの出店で手に入れた古い調剤道具をそっと台に置く。
使い方は頭に叩き込んだし、前の持ち主である人の残したメモに書いてある調剤方法を何度も読み込み、イメージをしてきた。
この古い調剤道具は、カプセルに込めた魔力量によって色が変わるらしい。
青、紫、赤、オレンジ、黄色の順で色が変わり、色によって薬の効果も変わる。
この色の変化は、オーウェン様から借りた鏡の魔道具と同じだなと気づいた時、ドキリとした。
だって、私が目指すべきは黄色。
万能薬を作るには、カプセルを黄色にする必要があると書いてあったからだ。
……黄色って、けっこうなレベルだよねぇ?
鏡を手に乗せただけで、黄色かったオーウェン様を思い出す。
私は調剤前に、もう一度借りた鏡の魔道具を取り出して、光らせてみた。
「……赤だ」
今の私はなんとか鏡を赤くすることができるレベル。
ということは、今の私ならカプセルを赤く光らせるくらいまではいける、ということかもしれない。
「よし!」
息を整えると、いつものようにおくすりラムネをポンと口に入れる。
「まず、このカプセルをここに乗せて……」
普段扱っているものより少し大きめのカプセルをセットし、魔力を流す石に手を添える。
慎重に、少しずつ魔力を流してみる。
「……あれ?」
しかし、石が全く光らない。
魔力に反応してくれないのだ。
もう少し入れないとだめ?
そう思って少し強めに魔力を込めたその瞬間だった。
パンっとカプセルがはじけ飛んでしまった。
「え、嘘」
突然の出来事に私はそのまま固まった。
「……これで割れちゃうの……?」
魔力が少なすぎると反応すらしないけれど、少し魔力を多くすると簡単に割れてしまう。
これは思った以上に大変なことだったかもしれない。
私は、布で魔力を流す石を丁寧に磨き、反応が良くなることを祈りつつ、再度挑戦してみた。
しかし、結果は変わらなかった。一瞬にしてカプセルが割れてしまう。
赤くするどころか、カプセルに魔力が入ってもくれない。
「……開始早々二つもカプセルを無くしてしまった……」
正直言うと、三百個もあれば余裕で作れると思っていたけれど……
頭を抱える私。
するとその時調剤室のドアが開いた。
「おもしろそうなものを持ってきましたねぇ~」
と眼鏡を光らせる薬局長が入ってきたのだった。
これまでのことを説明すると、薬局長はまじまじと古い調剤道具を見つめた。
「まさか出店で見つけるなんて……すごいですねぇ。僕、本物を初めて見ましたよ。ねぇ、クレアさん、僕もこれ挑戦してみていいですか?」
ワクワクが抑えきれない表情で彼は言った。
普段とは違い、新しいおもちゃを見つけた子どものような彼の勢いに押され、私は「どうぞ」と場所をあけるのだった。
使い方を説明し、前の持ち主のメモを渡すと、彼はあごに手を当てながらじっとそれを読み始めた。
「なるほど。このカプセル一つで多種多様な薬が作れる……へぇ~。カプセルの色が変わるんですね? あ、これ魔力の込めた量によって色がつくんだ? あの鏡の魔道具と同じですね」
彼は昨日のメモを読んだ私と、全く同じ反応をしている。
「青がポーション、紫がエーテル、赤が両方?両方って何ですか?ポーションとエーテル両方の効果が得られる薬?」
わーすごい、なんでこんな調剤道具を手放しちゃったんだろう?
人間とは本当に愚かだなぁ。
メモを見ながらぶつぶつつぶやく薬局長。
おもしろい。
「オレンジが……魔薬師の魔力の質によって効果が変わる?ってことは作る人によって薬も変わるわけですか? へぇ、面白いなぁ。最後は黄色……なるほど万能薬を作るためには、カプセルを黄色く光らせるわけですね?」
メモを机に置くと、薬局長は眼鏡を上げた。
すごい。やる気満々なのが伝わってくる。
ふだんの調剤前には見せない顔だわ。
「やってみますね」
そう言って、長い指でそっとカプセルをセットし、魔力を流し始めた。
「あっ……!」
しかし、薬局長をもってしても、あっさりとカプセルは割れてしまった。
とはいえ、私よりは全然上手で、カプセルに青色が少し入り始めた所までは確認できたので、さすが現代のトップ魔薬師と言える。
「うわぁ~……これはおもしろい!攻略のし甲斐がありますね!!色々試してみたいなぁ」
眼鏡を軽く押し上げながら、割れたカプセルをつまみ上げて見つめる彼は、興奮が抑えきれないようだった。
「薬局長……ワクワクしてますね?」
「新しい刺激ってワクワクしませんか?」
「へぇ、そういうタイプだったんですね、薬局長」
「研究者気質と言ってください。こういうの久しぶりだから、今アドレナリンがバンバン出てます」
確かに、いつもの薬局長とは思えないくらいに瞳が輝いている。
「日常にはやはりこういうスパイスが必要なんですよ。僕もこれ欲しいなぁ」
「……万能薬が出来たらお譲りしてもいいんですけど、カプセルがもう流通してないみたいで、300個しかないんです」
「そうなんですか!?貴重なものだったんですね!?すみません、興味本位で使ってしまって」
「いえ、今薬局長がカプセル光らせたのを見て、この道具がちゃんと使えることが分かりました。私には全然できなかったので……」
「そうですか」
「なにかコツってありますか?」
「うーん……僕もすぐに割ってしまったので何とも言えませんが、現代の調剤道具よりも魔力を柔らかく、丸く押し込めるって感じですかね」
「……柔らかくはわかりますけど、丸く押し込めるってなんですか?」
「えーと、何ていえばいいんでしょう?絹糸を手のひらから出す感覚だとたぶん弱いんです。大きめのマシュマロをつぶさないように押し込めるって感じですかねぇ?」
「……独特ですね」
「そうなんです、すごく独特なんですよ、これ。難しいです」
「クレアさん、カプセルの制限があるなら、一度鏡の魔道具で練習した方がいいですよ。メモにもありましたが、万能薬は黄色く光らないと作れないようですしね」
「そうですね。鏡で練習します」
「クレアさんは赤まで光らせることができたんですよね?」
「はい」
「次の満月までに黄色、いけそうですか?」
「……黄色って、オーウェン様レベルですよ?手に乗せただけで黄色でしたけど」
「確かに通常で黄色っていうのはあの人がおかしいですけど、黄色の入り口ならなんとかなるんじゃないですか?魔術師団にも黄色く光らせる人なんてたくさんいますからね」
「そうなんですか!……って私魔薬師なんですよね」
「ですよね。……でもやるしかないでしょう?」
「はい!」
強く頷くと、薬局長がにこりと笑った。
万能薬を作れば、次の新月にはきっとルカを元に戻せるはずだ。




