91.万能薬
たどり着いたお店は、珍しい薬草や材料がならぶ変わったお店だった。
魔薬師である私が見ても「あやしそーう」という雰囲気が漂っている。
隣のルカも「この店、大丈夫か?」とでもいいたげな目をしていた。
「おや、お客さんかい。もう閉めるところだよ」
お店の主であるらしい、おばあさんが声をかけてきた。
「ここはね、薬の店だからあんたみたいな若い子たちには縁がないと思うけどねぇ」
少々めんどうそうな言い方をされて、少し怖かった。
でも、せっかくだし見てみたい。
「私、魔薬師なんです。見せてもらっていいですか?」
私がそう言うと、おばあさんはじろりとにらむような視線で私を眺める。
「……いいよ。ただし、そろそろ店じまいだから早めに頼むよ」
「ありがとうございます」
私がお礼を言うと、おばあさんは近くの椅子に座って煙草をふかし始めた。
お店に並んでいるのは、ほんとうに様々な薬の材料だった。
普通の薬草や毒消しから、あまり見ない貴重な素材までそろっている。
私はドキドキしながら、びっしりと並んだ商品を見る。
「……うわ、すごい。これ、本物を初めて見た!竜のヒゲだって」
「薬になるの?」
「うん、たまーに薬局長がこれを入れた気付け薬をくれるけど、効果がすごいの。味もひどいけど」
少し距離を取りつつもついてくるルカと、ひそひそ話しながら見て回る。
「わ!こっちはなんだろ?ツノ?」
「その形はたぶん、コカトリスのツメとかじゃない?」
「なんか聞いたことあるなぁ」
「薬になるなら、今度もってこようか?灰にしないように倒せば、いくらでも持って来れるけど」
「それはぜひお願いします!」
さすが騎士!と思ってルカに頭を下げた時だった。
「……営業妨害だね、あんた」
私達のやり取りを見ていたらしいおばあさんが、嫌そうな顔でルカを見た。
「あんた綺麗な顔してるのに……変なのに憑かれちゃってるみたいだね。怖いねぇ」
「え」
突然の言葉に、ルカも私も驚きを隠せない。
彼女はそんな私たちを見て、煙草をふかしながら言った。
「で?……それを薬でどうにかしようってのかい?」
「はい。でもちょっと失敗しちゃって……」
「だろうねぇ。今の魔薬師なんてのは、大した薬を作れやしないんだから」
おばあさんの言葉に、隣のルカがむっとしたのがわかる。
私は「いいから」と小さな声でルカに言うと、おばあさんを見た。
「あなたも魔薬師なんですか?」
「大昔ね。もう引退したよ。今はただの素材屋」
「そうですか。あの…おばあさんは万能薬ってご存じですか?」
彼女は片眉をぎゅっと持ち上げて私を見た。
「万能薬?……知ってるよ。そういえば最近見ないねぇ」
「本当ですか!?材料とかって今ここにありますか?」
身を乗り出す私に、おばあさんは煙草の灰を落としながら言った。
「材料? ……不思議なことを言うね。あんた、作り方知らないのかい?」
「はい。色々調べたんですけど、全然見つけられなくて……」
「あれは相当昔の技術だからねぇ。あたしが現役の時ですら、作れるやつはいなかったよ」
「そうなんですか!?」
このおばあさん(年齢不詳)ですら『相当昔の技術』って表現するくらいだから、やっぱり今はもう無理なのかな。
「あたしのばあさんの、そのまたばあさんは作ってたみたいだけどねぇ」
それっていったい何年前なの!?
今はもう作れないのかな。
がっかりする気持ちと、あきらめきれない思いが、胸の中でぐちゃぐちゃになる。
「だいたい今の魔薬師は、調剤道具が魔力を調整してくれるんだろ?昔はちがったよ。あたしが現役のころまでは、ああいう道具しかなくてね」
そう言って、お店の片隅を指さすおばあさん。
視線の先に置いてあるものを見た瞬間、私の体がぐわっと熱くなった。
「!!」
思わず駆け寄る。
そこには、図鑑でしか見たことのない、昔の調剤道具がポンと置いてあったのだ。
「こ、これって……魔力調整の機能がない、昔の調剤道具……?」
それは今のものよりもだいぶ小さかった。
三十センチくらいの四角い箱で、カプセルを入れる穴が左側に一つあいていて、魔力を込めるであろう石が一つ右側に埋め込まれている。
ただそれだけの、とてもシンプルなものだった。
「よく知ってるね。そう。大昔のだよ。自分で入れる魔力を調節するのさ。カプセルも今みたいに色々あるわけじゃない。一つのカプセルで、ポーションからハイポーション、エーテルやらを全て作っていたのさ」
「一つのカプセルで?」
今はそれぞれ専用のカプセルに魔力を込めてつくっている。
だから、何も考えず魔力さえ込めれば、望んだとおりの薬ができるという仕組みなのだ。
「昔の魔薬師は職人気質の奴らが多くてねぇ。いろいろ試しているうちに、万能薬まで作るやつが現れたんだ。まぁ、本当に一握りだったみたいだけどね」
「!」
ドキドキと高鳴る胸を抑えることは、もうできなかった。
おばあさんはまっすぐに私を見すえて言った。
「あんたが探してた万能薬ってのは、材料なんていらないよ。ただ、その道具じゃないと作れない。だから世の中が便利になるにつれて、なくなってしまったんだろうね」
「この道具を使えば万能薬が作れる……」
昔の調剤道具をじっと見つめる。
古いそれが、希望のように光って見えた。
「……あんた魔薬師だっけ?」
「はい」
「その道具を使いこなすまで結構大変だよ? 使えたとしても、万能薬を作れるような魔薬師はそうそういない。今の魔薬師のやり方とは全然違うんだ。
魔力の扱いが上手く、魔力そのものが高くないと万能薬は作れない。便利な魔道具で調剤しているような子たちには無理だと思うけどねぇ」
「それでも、作りたいんです。お願いします。この道具、売ってくださいませんか!?」
私がそういうと、おばあさんは一瞬目を丸くした。
そして呆れたように言う。
「それ、もう二百年くらい前のだよ?あたしのばあさんの、そのまたばあさんが使ってたんだ。いつ壊れたっておかしくないし、もうずーっと使ってない。やめときな。ただの飾りで置いといてるだけなんだ」
「でも、もうこれしかないんです。ルカの呪いを解く薬……私が作らないと……お願いします。いくらでも買います!」
「……クレア」
頭を下げる私の隣で、ルカも頭を下げる。
「お願いします。買わせてください」
煙草をふかすおばあさんの気配。
しばらくすると彼女が言った。
「わかったよ。頭上げな。売ってやる。価値のわかる子みたいだからね」
はっと顔をあげると、おばあさんが呆れたように笑っていた。
思わずルカと顔を見合わせた。
「ただし、動かないからって返品はきかないよ?」
「ありがとうございます!!」
ぎゅっとたばこを灰皿に押し付けるおばあさんに、私はもう一度深く頭を下げた。
「信じられない。まさかここで手に入るなんて……」
手にした古い調剤道具と専用のカプセルを入れた紙袋を持って、お店を後にする私達。
結局おばあさんは、「ガラクタみたいなもんだから、タダで持ってきな」と言ってくれた。
私は、代わりに薬の素材をいくつか買って店を出たのだった。
興奮で上気している私を見て、ルカが言った。
「それで本当に薬が作れるの?」
「たぶん。でも、相当難しいって言ってたよね。明日ゆっくり研究してみる。
でもねぇ、専用のカプセルの数がちょっと心配なんだよなぁ」
古い調剤道具専用のカプセルを三百個ほどもらった。
「それだけあれば大丈夫なんじゃないの?」
「カプセルって今の調剤道具でもよく割っちゃうの。だからちょっと心配。それに、専用のカプセルはもうどこにも売ってないみたいだし……」
古い調剤道具を使う人がいないのだから、それ専用のカプセルも売ってないというのは仕方ない。
「慎重にやってみないとね!」
一応使い方も聞いたし、おばあさんのおばあさんが残してくれていたらしいメモも入っている。
「私が絶対万能薬を作るからね」
やる気満々でそう宣言する。
「……ありがとう、クレア」
「どういたしまして。でもね、ちょっと楽しみなんだ。今買った素材を使うのも、この調剤道具を使うのも」
そんな私を、ルカが目を細めて見ていた。
「なに?」
「いや、頼もしいなぁと思って。クレア覚えてる? 学生の頃、クレアがよく俺に言ってたこと」
記憶をたどるルカは、大切なものをそっと取り出すように言った。
「『魔薬師になったら、なんでも治せる薬をつくってあげる』って。
『だから安心してケガしていい』みたいなこと言ってた」
覚えてる。
私は深くうなずいた。
「毎日のように言ってたよね、私」
「うん。俺はケガしたくないなってずっと思ってたけど」
「そうだったね。いっつも苦笑いしてた」
ちゃんと気づいてたよ、それ。無視してたけどね。
「まさか呪いを解くための薬を作ることになるとは、思いもしなかった」
「俺も」
お互いがなんとなくこれまでのことを思い浮かべて、笑いあう。
『私が魔薬師になったら、いつか騎士団に入ったルカの傷もすぐ治せる薬を作るね。
傷やケガだけじゃなくて、とにかくなんでも治せる薬とか作ってあげる!』
あの頃の私の決意は、今もずっと変わっていない。
私はずっとルカの力になりたくて、魔薬師になろうと思ってたんだから。
「絶対治してあげる。だから安心して待ってて」
ルカをまっすぐに見て笑うと、彼は小さく頷いた。
「……ありがとう」
そう言って、ルカは左手をすっと上げる。
え、と思って彼を見ると、はっとしたように私の顔の近くでその手を止めた。
「……無意識だった……」
ごめん、と言いながら彼は、ぐっと左手を握り締めてそっとおろす。
「やっぱりちょっと距離取らないと……自分でもなにしでかすか……」
そう言いながら、口元に手を当てるいつもの仕草をするルカ。
一連の彼の行動に、私は胸がいっぱいになる。
「解呪までは仕方ないよ。私も我慢する」
ルカの左腕の袖をちょんと掴むと、彼は驚いたように私を見る。
「帰ろう」
「うん」
並んで歩くというには少し距離があるけれど、ルカの服を掴んでいるだけでも、ちゃんと一緒にいるなと思える。
月明かりのない帰り道を、私たちはゆっくり歩くのだった。




