90.どっちもルカだから
私がルカの背に手を回してから、ほんの数秒後のことだった。
肩に回されていた手が、そっと離れる。
「……クレア」
名前を呼ばれ、顔を上げる。
先ほどとは少し違う声色だったので、もうわかっていたけれど……
目の前のルカは、黒髪に変わっていたのだった。
あまりの見事な変化に、思わずじっと見つめてしまう。
彼の方も、私を真っ黒い瞳で見ている。
かと思うと、私に触れないように手を上げたまま、固まっているようだった。
「……ルカ?」
思わず声をかけると、はっとしたように私から視線を逸らす。
「ごめん……その……離れてくれる?」
「あ、うん、ごめんね」
うつむいたまま、申し訳なさそうにそう言った彼の顔は真っ赤で、距離を取ろうとされた悲しみというよりも、困らせてしまった申し訳なさが先に来た。
私はぱっと両手を彼の背中から離すと、そのままそっと離れる。
すると、ルカはそのままがくりと前かがみになって、頭を抱えこんでしまった。
大きなため息をつきながら。
顔を覗き込もうと、私も前かがみになる。
「えぇと……大丈夫?」
「……ごめん。ちょっと無理……消えたい……死にそう」
「えぇ!?やめてよ!?」
とんでもない言葉に思わず声を上げると、ルカは少しだけ顔を上げた。
赤くなった顔の下半分を両手で覆いながら、くぐもった声で言う。
「……ちょっと、信じられないくらい、やらかした気がするんだけど……」
「やらかした……」
彼の言葉を、何の他意もなくそのまま繰り返すと、ルカは「頼むから何も言わないで!」と左の手のひらを私に向けた。
仕方なく黙り込む私。
同じ人なのに、こうも変わってしまうなんて本当に驚いてしまう。
どうしようかと思っていると、ちらりと私を見てルカが言った。
「……戻った?よね?」
「うん。真っ黒」
顔はほんのり赤いけど、黒い髪の毛に、真っ黒い瞳のルカだ。
「……そっか」
そう言って私から視線を外すと、そのままうつむいた。
それからさらに少し距離を取る。
ベンチの端と端に座る私達……。
悲しいという感覚は一切ない。
これは拒否ではないとわかっているからだ。
むしろ、可愛すぎる不器用さと不自然さに笑ってしまう。
「ルカ。どうする?帰る?」
「……」
私の言葉にルカはしばらく黙っていたけれど、やがてこう言った。
「ごめん、ちょっと……この変わり目に誰かといるのって初めてで、どうしていいか……」
口元に手を当て、本当に戸惑っているような様子のルカ。
「そっか。そうだよね。ごめん。じゃあちょっと黙ってる。ルカが落ち着くまで」
私はそう言って笑って見せた。
「黙らなくていいよ。なにかしゃべってくれない?その方が落ち着くかも……」
ルカはそう言って、黒い瞳でちらりと伺うように私を見る。
思わぬ言葉と視線に、私はドキッとする。
黒髪になってからのルカの視線は、はっきり言って可愛い。
たぶん、恥ずかしさをこらえて私を見ようとしてくれているんだろう。
それが捨てられた子犬のような瞳で、なんともいえずきゅんと来てしまうのだ。
本人は全然気づいてないみたいだけど、金髪とはまた違って、とてつもない破壊力だわ……。
うっかりときめいていた私をよそに、当の本人は羞恥心と戦い続けていたようだった。
「あ、でも……さっきまでの話はしなくていい……もうちょっと……無理すぎる……」
「さっきまでってこのお祭りでのこと?」
首をかしげる私に、ルカはコクコク頷いた。
本気で恥ずかしがっている彼の姿が、あまりに可愛いので、笑いそうになったけれど、ぐっと我慢する。
そこで、私はたわいもない話を始めた。
ルカはうつむきながらも、真面目に聞いてくれているようで、時折頷いたり、ちらりと私を見たりしてくれていた。
しばらくして、ルカが言った。
「……ありがとう。なんとなく落ち着いたと思う」
「良かった。それじゃあ帰る?もう遅いよね」
黒髪に戻ったばかりだし、体調だって何か変化があるかもしれない。
「もう少しだけ、歩きたい。クレアが疲れてないなら」
視線を外しながらも、そう言ったルカの耳は少し赤い。
黒髪のルカが、私を誘ってくれたことが嬉しかった。
「私ももう少し見たいなって思ってたの。あ!でもその前に、サクランボ食べない?」
私はそう言って、無理やりルカにサクランボを差し出す。
「近づかないように気をつけようね」
「……クレア」
ルカが急に真面目な声で私を呼んだ。
「今の俺じゃ、呪いの力を押さえることがもうできないんだ。だから、さっきまでの俺みたいにはできそうもない」
「……うん、わかってるよ」
「それでもいいの?」
不安そうな瞳で私を見るルカ。
それで私は気づいてしまった。
今のルカは、もう一人の自分に劣等感のようなものを抱いてるということに。
同じようにできない、今の自分が悔しいのだ。
「あのね、一つ言っておきたいんだけど、私は優しくしてくれるから金髪のあなたの方がいいとか、そんなの一度も思ったことないからね」
「冷たくするから、黒髪のルカが嫌だっていうのも思ったことない」
「……!」
「どっちのルカも優しいし、私のためを思ってくれてるってわかってる。
だから、金髪の時みたいにしようなんて思わなくていいんだよ。
どっちもルカなんだから」
そう、どちらも私の大事な人なのだ。
「接し方が違うだけ。そうでしょ?」
「……わかった。ありがとう」
そう言ってふわりと笑う黒髪のルカは、さっきまで一緒にいた金髪のルカと全く同じで、やっぱり彼は彼なのだと思った。
サクランボを食べた私たちは、まだ見ていないルートで出店を見ながら帰ることにした。
「すごいね、まだ人がこんなにいる」
「最終日だからかも」
道の両側にある出店を見ながら、たくさんの人が歩いている。
さっきよりも人が増えたのかもしれない。
もう少し歩けば、お城の寮への入口だ。
この時間が終わってしまうことに、ものすごい寂しさを感じて、もう少しゆっくり歩けばよかったなと思う。
「気分転換になった?」
「うん」
「よかった。私はすごく楽しかったよ。ルカとここに来れるなんて思ってもみなかったから。しかも金髪と黒髪のどちらとも来れるなんて。得した気分」
そう言って笑うと、ルカは困ったように笑う。
「俺、クレアを困らせたりしなかった?」
「全然そんなことない」
「……クレアの薬、しばらく飲まないから、たぶん明日以降はどんどん呪いの数値が上がると思う」
「うん……そうだね」
「拒否したくないけど、せざるを得ないことがあるかもしれない。それでも、俺のこと、待っててくれる?」
この人は、本当にこんな不安そうな顔をするんだな。
今まで気づかなかっただけなのか、それとも、感情を見せるようになったのか……どっちなんだろう?
「待ってるよ。もっと効く薬を作りながらね」
「……ありがとう」
ルカはそう言って、ぐっと右手を握った。
「じゃあ、帰ろう……」
そう言いかけた時だった。
ぽつんとひとつ、出店があることに気づいた。
閉店間際のようで、明かりも最小限になっている。
でも、妙に気になるなぁ。
よく見ると、薬草やよくわからない素材が並んでいるのが見えた。
えー、おもしろそう!
「ルカ待って!最後!!あのお店に行こう!!」
私はルカの左腕をガシッと掴むと、その出店へと歩き出した。
距離を取る、ということなどすっかり頭から抜け落ちていた。




