89.そういうの反則
のんびりと出店を見て歩いた私たちは、休憩を兼ねてベンチに腰を下ろした。
私の右隣にルカがいるのだけれど、彼と私の間には、人一人分が座れそうな隙間が、ぽっかりと開いていた。
道行く人の中には「うわー、ケンカしちゃったの?」という憐みの視線を送って来る人や、ルカを見て目を輝かせる人など様々だった。
私がそんなこと視線を感じて、複雑な気持ちになっている間、ルカは純粋にこのお祭りについてを考えていたようだった。
「こんなにたくさんいろんなお店があるなんて、全然気づかなかったな」
「警備で毎日見てるのにねぇ」
「ほんと。見てるようで全然見えてなかったんだな。それに、こんなにたくさんの人が歩いているなんて思ってなかった」
ルカはそう言うと、私を見た。
「俺、今までなにを見て歩いてたんだろうね」
その言葉がすごく重く響いた。
彼本人は、そこまで深い意味で言ってはなさそうだったけれど。
でも、たぶん心の奥底にあった本音なんだろう。
呪いを抱えてからの数年間、一人でずっと生きてきた彼が、今初めて光を見ているのだ。
そう思った私は、つとめて明るくこう言った。
「呪いのせいで、塞ぎこんじゃってたんじゃない? やっぱり気分転換は正解だったね」
「うん、本当にそうだね。でも気づいたんだけど……」
ルカはそこで一度口を閉じた。
金髪ルカにしては珍しいので、首をかしげる。
「?」
「たぶんクレアと一緒だから、世界が光って見えるんじゃないかなって」
「え」
「だって、今も俺の中に呪いはあるんだよ?それなのに、こんなにも世界が違って見えるんだから。いつもの俺と違うのは、今隣にクレアがいることだから」
はっきりとそう言われて、心臓がぎゅっと掴まれたように痛くなる。
「……そ、そんな大袈裟なこと何もしてないけど……」
「ううん。隣にいてくれるだけでいいんだなぁって思った」
ルカはそう言って、愛おしそうにじっと私を見ると、ふわりと笑った。
心臓が痛すぎて、息ができなくなる。
「あ、そうだ。さっきもらったサクランボ食べてみる?」
ルカがビニールをかさかさと開き、サクランボを取り出した。
「おいしそう。綺麗だね」
「ほんと!真っ赤だね」
双子のようにくっついているサクランボを覗き込んだ時に、頭を寄せ合っていることに気づいた私は、慌てて身を引いた。
「あ、ごめんね。完全に無意識だった」
「うん、ごめん。俺もうっかりしてた」
泣きたいような、おかしいような不思議なやりとりに、感覚がどんどんマヒしてくる。
近づいちゃダメなのは、一体どうしてなんだっけ?
隣にいるだけでいいって思っちゃいけないんだっけ?
好きだけど、離れなきゃいけないっておかしくない?
「クレア」
はっと顔を上げると、ルカが心配そうに私を見ていた。
「泣かないで」
そう言われて初めて、私は自分が泣いていることに気が付いた。
「あれ?ごめん、なんでだろ?」
慌てて涙をぬぐおうとする私よりも早く、ルカの左手がすっと伸びてきた。
私の頬に触れて、涙をぬぐう。温かい指先。
「これは仕方ないからね」
言い訳のようにそう言うと、名残惜しそうに左手を離す。
私は自分でごしごしと涙をぬぐうと、頷いた。
「うん、ごめん。なんか、よくわかんなくなっちゃって」
「ほんと。よくわからなくなるね。夢の中みたいだった。こんなの絶対あり得ないと思ってたから。次の新月まで待つのが嫌だなぁ」
「……ルカ?」
「あぁ、たぶん限界だ」
そう言ってルカは私を見た。
「呪いの力が戻ってきてる、そろそろ変わるよ」
その言葉に、胸がずきりとする。
でも、ルカはそれを受け入れているのだから、私が不安がってはいけない。
「……大丈夫だよ。すぐにまた戻してあげる」
「ありがとう。ねぇ、黒い俺のこと嫌いじゃないよね?」
「え?」
「……いつも冷たくしてたから、嫌われるんじゃないかっていつも怖かった」
「嫌いなわけない。どっちも同じルカだもん。大事だよ。それに、私のことを思ってくれてるってわかってるから」
「そっか。良かった」
「でも、あんまり冷たくしないでね」
「うん。距離は取るけど、これまでみたいに拒否はしない。絶対に」
そう言われて、なんとなくほっとしてしまう。
もう金髪も黒髪も、私にとっては同じだから。
にこりと微笑むルカに私も笑い返す。
彼の金髪が、なんとなく濁り始めたような気がした。
その時だった。
ルカの緑の瞳が一瞬すっと射貫くように私を見たかと思うと、がしりと肩に手を回された。
そのまま、あっというまにルカの胸元に引き寄せられる。
「ごめん。触らないなんて無理」
ドクドクとすごい速さで打つ彼の鼓動が伝わってきた。
「ひと月我慢するから、今だけは許してくれる?」
ルカの少し低い声でそう囁かれたら、私は頷くことしかできない。
何度も頷く私に、ルカは小さく笑う。
そして、私の頭の黄色い花にキスを落とした。
そのかすかなリップ音を聞いた瞬間、すっと今までの自分がいなくなる。
あぁ、もう本当にだめだ。
私だって触らないなんて無理。
私が自分の両手をルカの背に回すと、彼は驚いたらしく、びくりと固まった。
「……ほんと、そういうの反則」
ベンチをぐっと掴む刺繍入りの手袋をした右手がちらりと見えて、「ごめんね」と謝る私だった。




