88.最終的には花束になるから
仕事の後に「花まつりへ行こう」と誘ってしまったけれど、よくよく考えてみたら、どんな格好をしていけばいいんだろう?
そんなことに気づいたのは、仕事を終えて部屋に戻ってきてからだった。
「……早まったかもしれない」
この間はユイちゃんプロデュースのおかげで、いい感じにしてもらったのだ。
彼女がいない今、私はどうにかして自分をそこそこに仕立て上げなければならない。
「……さすがに仕事着はあり得ないよね」
まだ制服のワンピースを着たままの私は、クローゼットを前に立ち尽くした。
この前と同じ服だと微妙だし、仕方ないからユイちゃんが前に着てたような感じを真似してみるしかない。
それっぽいスカートと、それっぽいブラウスを引っ張り出すと、大急ぎで着替える。
髪の毛もさんざん悩んだけれど、ルカから「おろしてる方が好き」と言われたので、とりあえずおろしていくことにした。(正直言ってものすごく恥ずかしい)
ただし、私の言うことを聞かない髪の毛なので、学生の頃にずっとしていたサイドのゆるい編み込みで、なんとか形にした。
こんなドタバタな感じで、走って待ち合わせ場所に行くと、まだルカは来ていなかった。
「……良かった」
そう言えば、ルカを待つのって初めてかもしれない。
学校へ行く時も、いつだってルカの方が早かった。(私がいつも寝坊してたからなんだけど)
今回は急に誘ったし、仕事もあるだろうし、なによりも呪いで今まさに髪色が変わってドタバタしてたり、黒髪ルカだったらドタキャンとかもありえそうだし……。
来なかったら来なかったで、仕方ないかも。
そんな風に、少々諦めも入ってきた時だった。
少し先の方から、人ごみの中を走ってくる人が見えた。
背の高いその人は、するりと人々の間をかき分けて、まっすぐにこちらへと向かってくる。
「ごめんクレア!」
そう言って私の前に現れたのは、白いシャツに紺色のズボンという、とてもラフなスタイルのルカだった。
私は彼の髪色に目を奪われる。
「わ、金髪だ!」
「うん、まだ金髪」
私の言葉に、ルカは笑って自分の髪の毛を触る。
「っていうか、俺の髪の毛なんてどうでもいいよ。クレア、髪の毛おろしてきてくれたんだね。すごく可愛い。なんか懐かしいね、その髪型」
「あー、うん、アリガトウ……」
あまりにもまっすぐに言われたので、照れたら負けな気がした。
でも、ぎこちなかったのは丸わかりだったらしく、ルカがくすくす笑う。
「俺ね、いつ黒髪に戻るかヒヤヒヤしながら、今日一日過ごしてたんだ」
「そうなんだ?」
「せっかくクレアに会えるのに、黒髪の俺じゃ何も言えないと思ったから。今のうちに、言いたいこと全部言っておこうと思って」
……全部って……そんなにたくさんあったら、私は恥ずかしさで溶けてしまうのではないだろうか?
にこりと微笑まれて、すでに顔が熱い。
「それよりもごめん、待ったでしょう?退勤直前に残業させられそうになって逃げてきた」
「え、大丈夫!?」
「うん、今日花まつりの最終日でしょ?シャロン様の護衛をね、またしなきゃいけなくなりそうだったんだけど……」
「またセレモニーやるの?」
「そう。でも、他の奴に任せてきた。シャロン様の護衛なら喜んでやるって言ってくれたから助かったよ」
「シャロン様、城内でも人気なんだね!セレモニーの時、すっごく綺麗だったもんねぇ!」
あの時のシャロン様を思い出して興奮する私。
「そうなんだ?客席から見ると神々しくみえるのかもね」
私とは対照的に、特に賛同する様子もなく、第三者的な意見を言うルカ。
すぐ隣にいたのに、なんでこんな普通なんだろうか?
「うん、すっごく素敵だったよ!感動したもん」
「……俺にはクレアの方が可愛く見えたけどね?」
首を少し傾けながら言うルカに、なんと返していいのかわからなくなる。
「さて。じゃあ行こうか。俺、花まつりって警備以外で歩くの初めてなんだ」
にこりと笑ってから、ルカはこう続けた。
「人がたくさんいるから気をつけてね。本当は手をつなぎたいところなんだけど、新月過ぎてるし、左手でも怖いからごめん。なんかあったら服でも掴んでくれる?」
「わかった」
でもそんな子どもじゃあるまいし、迷子なんてならないけど、と思っていたらルカが言った。
「これって、クレアから誘ってくれたデートだと思っていいんだよね?」
「え……」
なにも考えてなかった私。
そうか。そういう風になるのか。
考え込む私を見て、ルカが「そんなに悩まなくてもいいのに」とくすくす笑う。
どうやら、からかわれたらしい。
気まずさと恥ずかしさで、「もうなんでもいいよ」と呟く。
こうして、不思議なデートのようなものが始まったのである。
最終日ということもあり、人出は多くとても賑わっていた。
出店の明るさや、陽気に歩く人々が夜にくっきりと浮かび上がり、歩いているだけでこちらまでワクワクしてくる。
夜というのもあるけど、隣にルカがいるというのは、ものすごーく特別なことに思えた。
ユイちゃんと歩いていた時とは、まるで違う場所にいるかのようだ。
ちらりと彼を見てみる。
楽しそうな色を浮かべた瞳に、なんとなく安心した。
「やっぱり仕事で来る時とは違う?」
「うん。クレアが隣にいる時点で、幸せすぎておかしくなりそうなんだけど、不審者がいないかとか、おかしな場所はないかとか、そもそも見てるところが違うからね。出店ってこんなにいろんな種類があったんだな」
「すごいよね。私もびっくりしたよ」
幸せすぎておかしくなりそう、というのはとりあえずスルーしておく。
そんな私を見て、「そういえば」とルカが言った。
「今日は髪の毛に花つけてないんだね」
「花?……あぁ、あの薄ピンクのやつ?すっかり忘れてた」
時間もなかったし、編み込みでいっぱいいっぱいだったからなぁ。
「せっかくだし、つけてほしいな」
「え、でも持ってきてないよ」
「今買えばいいんだよ」
ルカはスタスタと花冠を売る出店に入っていった。
「シャロン様と同じ花冠、さすがにもうないね。シャロンモデルって言うらしいよ。すごーく似合ってたよね!」
「え、そうなんだ?……そんな重要なものだとは知らなかった。……すごい適当に決めちゃった気がする……」
「?」
気まずそうなルカに首を傾げつつ、私は花を見る。
薄ピンクも可愛かったけど、黄色もいいなぁと思っていると、ルカが言った。
「これ?」
「あ、うん。可愛いなと思って」
「すごくいいね。でも白もいいと思う。あ、でもやっぱりなんかちょっと嫌だな。色かぶりするから」
あの時、適当に決めなきゃよかった、とぶつぶつ言っているルカ。
一体なんなんだろうか、と思っているとお店の人がニヤニヤと言った。
「あんた、他の女にも選んでやったんじゃないのかい?この色男!」
「え」
ぱっとルカを見ると、彼はカチンと固まっていた。
明らかに怪しい。
「え、そうなの?」
「……うん。っていっても仕事だったから。シャロン様」
「え!!シャロンモデルを作ったのってルカ!?」
驚く私に「シャロンモデル?」と首を傾げいてるルカ。
「だって、あの人、舞台裏でずっと尊い尊いばっかり言ってるから、落ち着けって意味であの色を……」
「やだー!それすごいじゃない!おもしろい!!さすがシャロン様だねぇ!」
あまりにもシャロン様過ぎて、おなかを抱えて笑ってしまう。
「クレア……怒らない?」
「え?なんで?怒らないよ?」
おかしくって涙が出てくる私を、ルカはホッとしたように見る。
「ははっ!こりゃーおおらかな彼女でよかったなー、兄ちゃん」
お店の人はそう言ってルカの背中をバシバシ叩く。
「ほら、さっさと選んでやんな」
「痛いです」と言いつつ、ルカが選んだのは、私がいいなと思っていた黄色い花だった。
「じゃあこれで」
「おう!いいな!黄色。彼女の髪色にぴったりだ」
豪快に笑うおじさんにルカが支払いをすると、彼は「もう店じまいだから、これもおまけな」と言ってルカに小さなビニール袋を握らせた。
「二人で食べな。ただのサクランボだけど、うちのは甘いんだよ」
「果物も売ってるんですね」
「ただの趣味だけどな。本業は花だからまた来年よろしく頼むよ」
彼はそう言って、お礼を言う私達に手を振った。
そのお店を離れると、ルカがぽつりと言った。
「……城以外の人と話すの、すっごく久しぶりかも」
「どうだった?」
「いいね。楽しかったし、なんだか世界が広がった気がした」
もともと広かったはずの世界が、呪いのせいで狭くなってしまっている。
そのことに気づかされた私は、嬉しそうなルカの顔を見て、切なくなってしまった。
「また来年もあの人から買おうね」
明るい声で言う私を、ルカが驚いたように見る。
「それか、毎年この花をつけてもいいけど」
さっそく頭にさした黄色い花を指さして笑うと、ルカが泣きそうな顔で笑った。
「毎年俺に買わせて。最終的に花束になると思うから」
「ありがとう」
ものすごく恥ずかしいけれど、お祭りという雰囲気に飲まれているんだろう。
素直にお礼が言えた自分におかしくなってしまった。




