87.花まつりへ行こう
ルカの解呪に失敗した新月の夜。
ほとんど眠れなかった私は、夜通し薬について調べていた。
もっと私の魔力を込められる薬があるか、万能薬の作り方がどこかにないか、調剤道具の使い方をなんとか変えられないか……。
色々調べてみたけれど、全く収穫がないまま朝を迎えてしまった。
なんとなく重い気持ちで出勤し、もやもやした気分のまま仕事に取り掛かる。
薬局長も同じ気持ちだったようで、目が合うと「……気付け薬、飲みますか?」と特製気付け薬を私にくれたのだった。
するとその時だった。
開店前の薬局のドアがバンっと開き、騎士団の制服を着たルカがずかずかと入ってきた。
「え!?」
朝日を受けて輝く、鮮やかな金髪に、私と薬局長はあっけにとられた。
ルカはまっすぐに私たちを見て言った。
「戻ってませんでした。まだ金髪ですよね?」
不安と希望の入り混じった表情に、私もドキドキして薬局長を見る。
「……驚いた……。新月が開けたのに……測定器持ってきますね!」
薬局長がパタパタと走っていく。
残された私とルカは顔を見合わせる。
「……呪い、解けたの?」
「いや、まだあるよ。でも、抑えられてる」
右手の手袋を私に見せながら、ルカが言った。
「すごい!やっぱり呪い解けるのかな?」
「わかんない。……本当に今までにないことばかりで……俺も何が何だか……。でもクレアの薬、やっぱり俺にはすごく効くみたい」
にこりと笑うルカに、胸がいっぱいになる。
しかし、その後すぐに残念な事実が判明した。
「……測定値、上がってますね……」
薬局長の一言に、ルカも私も言葉が出なかった。
「髪色も、たぶんそろそろ戻るでしょうね。この数値の感じだと、遅くても明日には……」
「……新月が終わったし、そうですよね。でも、また満月を越えればクレアの薬が効きますよね?」
「そう思いたいのですが、ちょっと数値の上がり方が気になります。もしかしたら、薬に耐性ができつつあるのかもしれません」
「!?」
「耐性?」
驚く私に、首をかしげるルカ。
ピンときていないらしいルカに、私は身を切られるような思いで説明をする。
「……魔力が薬に慣れちゃって、効かなくなるってことだよ」
私の言葉に、ルカが息を飲んだ。
「……つまり、このまま飲み続けても解呪は無理ってことですか?」
「薬に魔力がこれよりも多く込められない以上は、無理でしょうね」
静まり返る薬局。
朝日が美しく照らすいつもの風景が、ものすごくアンバランスで怖くなる。
薬局長が厳しい顔でルカを見た。
「変に耐性をつけすぎたら余計にまずい。しばらく薬をやめてみましょうか」
「でもそんなことしたら、呪いが強まっちゃうんじゃ?」
顔をしかめるルカに、薬局長がきっぱりと言った。
「このまま飲み続けても、いずれ耐性がついて結局効かなくなります。次の方法を探すしかないんです。そうなるよりも、少し間を置いて、次の満月にもう一度魔力を込めて作った薬を、新月に飲んでもらった方がいいかもしれません」
先ほどまでの小さな希望が、嘘のように残酷な現実。
ルカを見ると、彼はじっと床をにらみつけたまま、唇を嚙みしめていた。
「俺、専門的なことはよくわからないんで、全部お任せします」
何とかそう言った彼に、薬局長が頷いた。
「わかりました。しばらくは測定だけして、薬を飲むのはいったんお休みしましょう」
「はい」
頷くと、ルカはふらふらと薬局を出て行った。
彼の後姿は頼りなくて、いてもたってもいられなくなる。
「すみません、ちょっとだけ抜けます!」
そう言って、私は慌ててルカの後を追いかけた。
****************
「待ってルカ!!」
誰もいない廊下に、私の声が響く。
ルカはすんなりと立ち止まってくれた。
私を振り返ると、小さく笑う。
「ごめん。クレアの薬を無駄にした気がしちゃって……」
「そんなことない!私こそごめんね。今度こそちゃんと効く薬を作るから」
首を振る私に、ルカは静かに言った。
「ねぇ、クレア。やっぱり俺、もうこのままなのかもしれない」
「ルカ……」
「でも、とにかく誰にも触らないように気を付ければ生きていけるし、問題はない気がしてるんだ。満月の夜は一人で閉じこもってればいいし、新月の夜だけ見た目が変わるくらい、なんてことないだろ?」
諦めたような笑顔に、ずきりと胸が痛む。
「そんなのやだよ」
私は喉の奥から、絞り出すように声を出した。
そんな悲しいことを言わないでほしい。
「私だってルカといたいって思ってるんだからね。絶対に呪いを解くから、もうちょっとがんばろう!」
しかし、ルカは小さな笑みを浮かべるだけだった。
……昨日の今日だし、ショックを受けるのは当然だよね。
でも、ルカをこのまま放ってはおけない。
その時ふと、窓の外の景色が目に映る。
お城の庭園の緑が、朝日を浴びて美しく見えたその瞬間、私はひらめいた。
「ねぇルカ。気晴らしにお祭りに行かない?花まつり!確か今日の夜までじゃなかったかな?」
私の突然の提案に、ルカは顔をしかめた。
「……仕事の後に行くってこと?」
「そう。少しだけでも外を歩いたら気分転換になるでしょ?今の金髪ルカなら外を歩くのも気兼ねしないんでしょう?花まつり、綺麗だよ。お店もいっぱい出てるし」
今の気持ちが少しでも変わるなら、という思いで一生懸命言葉を紡ぐ。
しかし、ルカの表情はまだ暗い。
「でも……その前に黒髪に戻るかもしれないよ?」
「そうしたら黒髪のルカと行くから」
きっぱりと言う私に、ルカが黙り込む。
「……俺、自信ないなぁ。黒髪になったら、たぶんクレアの顔見れないと思う」
「良いよ別に。隣を歩いてくれるだけでも」
強く頷いて見せると、しばらく悩んでいたルカが小さく頷いた。
「わかった。じゃあ仕事が終わったら行こう。どっちの俺かはわからないけど」
その言葉に、思わず顔が緩んでしまう。
「うん!どっちのルカと会えるか楽しみにしてる」
「俺は今の俺で会いたいな」
そこでやっと笑ってくれたので、私は少しほっとした。




