第96話 その代わり
「もう、仕方ないや」
下校中、栞凛はどうにか、開き直ろうとしていた。それも、完全ではない。どうにか、気を正そうとしていた。重たい雰囲気を、引きずりたくなかったんだと思う。
「私が勉強サボったんだもん。自業自得だよね⋯⋯」
「いや、頑張ってたよ、栞凛は。もちろん、遅かった、けど、やり始めた。ちゃんとした、目標を持って」
「——大輝くん?」
栞凛が何か言っている気がするが、無視する。
「どうせ、やってないやつもいる。だけど、栞凛はやった。それだけで偉い、と、僕は思うんだ」
「大輝くん——」
栞凛がそう言いながら、僕に抱きついてきた。
——今日も、受け入れてやるか。
「こんなときだけど、渡したいものが、あって」
僕はそんな重たい雰囲気を振り切るため、何より、さっき僕が言った言葉を忘れさせるため、僕は袋を取り出した。
「ふふっ、嬉しい。なんだろうな」
どうせもう、なんとなくわかってるくせに。
栞凛はそれを濁そうとしていた。多分、期待を膨らませようとでも、してるんだろ。
「これ、バレンタインのお返し。いいものじゃないけど、受け取ってほしいな」
僕はカバンの1番上に、傷つけないように置いたマカロンを取り出した。これだけのために、このカバン、洗ったんだぞ。
「あ、あ、ありがと」
栞凛の顔は、湯気が吹き出そうなほど、真っ赤になっていた。
「栞凛のために、僕が選んだんだ。調べて、買いに行って⋯⋯」
まるっきり嘘だ。
僕は、母親にそう教え込まれていた。
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ちょっと戻って、公立入試の次の日。
「大輝! 渡すんだったら、練習しておきなさい」
「え〜。別によくない?」
「あんたならやらかしかねないからね」
どうやら僕はやらかしかねないみたい。しらんけど。
「え? で、何を言えばいいの?」
「とりあえず、その子のために、買ってきたよって。僕が買ってきたんだよって。口が裂けても、母親が買ったなんて言っちゃだめよ?」
うわ⋯⋯。僕なら言いかねないなぁ。
「それで、バレンタインのお返し。いいものじゃないけど、受け取って、って」
「は〜い」
危ないなぁ。また、あのバレンタインのときみたいになるところだった⋯⋯。
——みたいなことが、あった。
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「ふ〜ん? 大輝くんが、私のために、ねぇ?」
栞凛が僕の顔を覗き込んできた。やばい、バレた、か⋯⋯?
「私は、大輝くんの言葉で、聞きたいな」
わざとらしくあざとい笑顔を僕に向けてきた。
——多分、バレてる。
「えっと、その、僕が、調べて——」
「大丈夫。あのときみたいには、怒らないから。その代わり——」
栞凛は人さし指を自分の頬に一瞬だけ触れさせると、こう言った。
「覚悟、しておいてね?」
栞凛がそう言ったとき、僕は背筋がヒヤッとした。それどころか、全身がゾクッとしたよ。あー、怖い怖い。
「早く、本当のことを言って? 私、怒らない。これだけは、約束する。機嫌悪くなんか、しないから」
——やっぱ、バレてる。絶対。もう、諦めるか。
「母親に、買えって、連れて行かれて」
「⋯⋯やっぱり大輝くんらしくないと思ったもん」
「中身も、全部おまかせにして」
僕は、もう諦めて、全てを正直に話すことにした。
「僕は本当に、何もしなかった。外装も、全部母親が選んでくれた」
栞凛は、思っていた以上だったのか、ポカンと間抜けそうな顔をしていた。
「⋯⋯ふ〜ん。思ってた以上だったけど、いいよ。許してあげる」
そこで栞凛が見せた、満面の笑み——それが、僕には恐怖でしかなかった。




