第9話 寝てたじゃなくて?
5時間目の授業が始まる直前だ。この日最後の授業だ。
隣には、なぜか嬉しそうな顔をしているやつがいる。リズムに乗るように首を左右に動かしている。
「教科書、使うから見せてもらって、だって!」
「はぁ」
思わずため息が漏れてしまった。そのため息は、なぜか興奮していそうな顔をしている栞凛には感じ取れなかった。
「じゃあ、よろしくね!」
「⋯⋯はい。(仕方ない。先生のお願いだって割り切ろう)」
僕はこのことを義務だとして、仕方なく見せてあげることにした。
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そして少し経つと、授業が始まった。その前に、しっかりと机は磁石のようにくっつけられていた。
僕が少し離そうとしても、なぜか空間ができない。
「ん? どうしたの?」
「あぁ、なんでも」
僕は邪魔だとしか思っていない。すごく教科書が読みづらい。
僕が左側のページを見ようと、首を伸ばした。
「痛っ!」
顔がぶつかった。僕は確認しながら近づいた。そしたら勢いよく倒れてきた。
「痛いじゃないよ。痛いのはこっちのセリフ」
強い勢いで横から頭が降ってくるのは誰が想像するだろうか。
「あ、完全に寝そうだった。ごめ〜ん」
寝てたじゃなくて? と心の中で突っ込んだ。口にはしていない。決してしていない。
幸いここは端の席。先生には見られていない。
僕は危なかったと心底安心する。そもそも授業中に寝るとか、ありえないと思う。
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ようやく、乗り切った。
やっと、地獄の時間が終わった。
「ありがと!」
栞凛に礼を言われた。ただ、感情がこもっているかと言われれば、そうではなかった。
「うん」
正直、僕にとってはそんなのどうでもよかった。
この時間を乗り切れた僕に盛大な拍手を送りたいぐらいだ。
なぜかはわからない。わからないが、栞凛がすごく嬉しそうなのだ。僕には理由がわからない。
気にしたら負けだと思い、気にしないことと決めた。
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下校の時間になった。僕は部活がない。というか、みんな部活がない。もう中3は部活を引退し、受験勉強に励む期間だとされる。
そんな僕の大切な時間を、隣を歩いてるやつに奪われる筋合いは僕にはない。
「今日も来てね!」
僕がどうこう言わずとも、勝手に予定がないことにされている。
なぜこんなに僕に対する扱いが適当なのかわからない。
「⋯⋯はい」
確かに予定がないことは事実。――違うか? 勉強も立派な予定か。
そう思ったが、もう遅かった。
ついてしまったのだ。あの場所に。
「全然容赦なしに上がっていいよー!」
栞凛は軽々と言ってみせる。僕にはどれだけ難しいことか、わかっていないのだろう。
僕は扉の前で止まる。前回来たときもこんなような感じだった気がする。
そして、前回同様背中を押されて中に入ることとなった。
僕が家に上がると、栞凛が口を開く。
「ちょっとだけ、ちょっとだけ進めたんだよ!」
栞凛はなぜか誇らしげに言う。そんなの当たり前ではないのだろうか。
「あ、はい」
一応、てきとうに返事だけはしておく。うん、そうしよう。
前回の続き、となるとどの辺だったか。
僕はそう思いながら階段を上った。
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「え、進めた?」
部屋を見てそうそう、疑いの目で見てしまう。
なぜか、ゴミが増えている。なぜだろうか。僕にはわからない。
「うん!」
栞凛は元気よく頷いてみせた。
僕にはこれで片付けたという人間の頭がわからない。
「だって、ゴミ、増えてる」
僕はローテーブルの上に乗っかっているお菓子の袋を指さした。
「あ、それはね、やる気を出すために食べたお菓子だから、実質プラマイゼロじゃん!」
見苦しい言い訳だ。聞いているこっちが嫌になる。
「はぁ。仕方ねえ。やるか」
また、僕はスイッチが入った。ここを、勉強のできる空間へと変えるために。




