第10話 突然の雨音
「ねえ、なんでそんな無言なの?」
栞凛が聞いてくる。それを聞くに当たって、完全に手が止まっている。
「話すことが、ないから」
「じゃあ、なんかお題考えようかなあ」
「その前に、手を動かして」
栞凛は仕方ないなあというような表情を見せたあと、上を向いてなにかを考え始めた。
結局、手が動いていない。もう、さっきの言葉を忘れたのだろうか。
「あ、じゃあ、私の第一印象は? なんでも言っていいよ!」
「とりあえず、手が止まってるのをどうにかしてくださいよ」
そう言いながら服をサイズ別にわけている。僕の周りにはほとんど残っていないだろう。
「でさ、私の第一印象は? はやく言ってよ〜」
これは言わないと一生聞かれるやつだと直感した。仕方なく話してやることにする。
「まあ、うるさい人、じゃないですか?」
「そういうさ、曖昧な返事じゃなくてね?」
栞凛が何を求めているかはわからない。ただ、おそらく栞凛が求めていることは、僕の口からは出ないであろう。
「じゃあ⋯⋯」
「そんなことよりはやく手を動かして。効率が悪くなる」
僕の言葉に、栞凛は唇を尖らせた。
なににそんな不満が募るのか、僕には理解使用のないことだ。
「今日は何時までいけるの?」
「今すぐに帰りたい」
とても正直に言う。今すぐにでも帰りたいのだ。
「つまり、いつまでも、ってこと!?」
「なわけねえだろ」
即座に反応した。
僕が驚くぐらいの反応速度だった。
「そんな冷たくならずに、さ?」
「で、僕のところ終わったから。帰る」
僕は即座に立ち上がると、部屋を抜け出そうとした。
「えー、帰っちゃうの?」
「その含みのある言葉、やめて」
栞凛の嫌いなところだ。言うなら普通に伝えろよと思う。
「まだ帰らないでよー」
「わかった」
なぜか棒読みな気がするが、気にしない。こういうのは気にしたら負けだ。
「全然進んでないじゃん」
部屋の半分を境目に、別人の生活スペースという感じだった。
「え? もうきれいじゃん! ほら、床見えるよ?」
本当に一部スペースの床が見えている。逆を言うと、それ以外はまったく片付けられていない。
「じゃあ、頑張ってください」
「え、一緒にやってくれないの?」
なぜ僕がやらなけばならないのか。それが当たり前かのようになっているのが腹立たしい。
「はあ」
とても気だるけそうだなと自分でも思う。まあ言われたからには仕方ない。
重い足取りで栞凛の方へと向かった。
「ありがと!」
栞凛が笑顔で言った。
僕はそんな笑顔など一切気にせず、黙々と作業に取り掛かった。
「もうすぐ夏休みだ〜! やっと地獄の学校から解放されるんだ〜!」
栞凛が突然口を開いた。
両手を広げて喜んでいる。天の恵みでも受けたのか。
「え、補習とかないの?」
栞凛に地獄の現実を突きつける。
これがどれだけいやなのか、体験したことがない僕には理解不能なことだった。
「あ⋯⋯」
急な沈黙が流れる。まさに地獄の空気だった。
言わなければよかったと反省する。本当に気まずい。
「あ、でも、サボればいっか! ね?」
どうしたらその発想にたどり着くのか。受験生だという自覚すら持っていないのかもしれない。
「それで痛い目を見るのは自分。僕にとってはどうでもいいけど」
「えー、だめ? やっぱだめかあ」
さっきから口しか動いてない。手を動かせ手を。
「じゃあ、大輝くんがいるなら行く! 決定ね!」
なぜそうなる。僕が行くわけない。別に行ってもいいのは確かだが。
「僕は多分行かないよ。特別な事情がない限りは」
「なにその意味深な発言、怖!」
するとそのとき、ポツポツと雨音が聞こえてきた。
「あ、雨降ってきたね。傘持ってる?」
「ちょっと探してくる」
僕はカバンを開いた。
いつも入っているから、あるだろうと思っていた――ない。どこにもない。
「ない、かも」
僕がそういったとき、なぜか嬉しそうな栞凛がいた。
なぜ嬉しそうなのだろうか。




