第84話 除夜の鐘
ボ〜ン、ボ〜ン、と、除夜の鐘があたりに鳴り響いていた。
「もうちょっと、詳しく説明するねっ!」
栞凛はポッケからスマホを取り出して、なぜか必死になって熱弁している。
「目をつぶって、恋人つなぎをしながら新年を迎えて、えっと、10秒以上ずーっと目を合わせる! で、そのときは、ずーっと、その人のことを考えなきゃいけないらしいよっ!」
栞凛の目は、なぜか少し泳いでいた。まったく、わかりやすいのにもほどがあるよ。
「ちょっと見せて」
僕は栞凛からスマホを奪い取って、中身を見てみた。
「あーっ! 大輝くん、乙女のスマホを覗き見しちゃ——!」
「ほら、盛りすぎだもん」
僕は栞凛の言葉を遮って、事実を述べた。
「彼と抱きしめ合いながら、新年を迎える、って書いてあるよ?」
僕にはその文字しか見えなかった。さっきの栞凛のセリフは、どうせすべて捏造なんだ。
「う、うん、えっと、そうだけど、さっ! ほら、ね?」
『ね?』と言われましてもよ。僕にはわからないから。
「どうせ、だめ、でしょ」
栞凛はそっぽを向いて、もう諦めているようにため息を吐いた。
「拒否は、しない」
「⋯⋯ほら。——え? 今、なんて——」
まぁ、嫌ではない。やりたいわけでも、ない。と思っているけど、僕は自分の気持ちすら、よくわかっていなかった。
「いいのっ!?」
「そうは言ってない」
「いいってことでしょ!?」
栞凛は急に顔を真っ赤に染めて、バンザイまでして喜んでいた。
——喜んでもらえるなら、これでいいや。
「ねぇ! もうすぐ年が変わっちゃうよ!?」
「あぁ、うん」
栞凛はそう言いながら、両手を広げてみせる。ニコッと微笑んで。
「ほら、おいで? 私の可愛い大輝くん?」
「⋯⋯えっと、う、うん」
拒否しなかった。それだけだった。僕の心臓は、これまでにないほど、うるさく胸を叩いていた。自覚があるほどに、顔の温度も高くなっていた。僕は急に恥ずかしくなって、栞凛の腕の中に、飛び込めなかった。
「もう! 我慢できないっ!」
栞凛がそうやって叫びながら、僕のところへ突進してきた。
僕は避けきれずに、栞凛の腕の中に入ってしまった。その拍子に、僕は後ろにあったベッドへ倒れ込み、完全にまずい体勢だ。
「ちょっと、この体勢は——」
「いいのっ! まだあるんだしっ!」
栞凛が僕のことを押し倒してきた。
「ほら、12時になるよ!」
そう言っている栞凛からも、早く細かい鼓動がずっと聞こえてくる。その鼓動は、収まるところを知らないようだった。
「ん〜!」
栞凛の温かい唇が、一瞬だけ、僕の唇に触れた。
「あ、当たっちゃった」
その声は、すごくわざとらしかった。
「別に、いいけど」
「⋯⋯本当!?」
「⋯⋯あ、ほら、あとちょっとだよ」
「覚悟してね! いいって言った大輝くんが悪いんだもん!」
僕は、その言葉の意味が、理解できなかった。
理解する暇なんてなく、栞凛は僕の唇に自分の唇を押し付けてきた。
「ん〜!」
栞凛のその唇は、心地よい肌触りだった。僕はそのまま、栞凛を受け入れてしまっている。ベッドに、押し倒されながら。
さっきまで鳴っていた除夜の鐘が、ならなくなった。おそらく、12時になったのだろう。
僕は目をつぶって、栞凛のことだけ、を考えるようにした。さっきの言葉を思い出して。




