第70話 今日は何の日?
「はぁ〜」
僕は両手をピンと伸ばしながら、ぼんやりと部屋を眺めた。
「やべ、もうこんな時間だっけ」
僕がいつも出発する時間まで、あと10分ぐらいしかなかった。⋯⋯昨日、寝るの遅かったからか。
「まぁ、支度するか」
僕は結局ベッドから立ち上がり、支度を始めた。
「ふぅ。着替えはとりあえず終わった」
ここまで、かかった時間はほぼ1分。
「朝ごはんは、ヨーグルトだけもらおうかな⋯⋯」
「ちゃんと食べていきなさいよ」
「⋯⋯時間ないし」
そんな、ご飯を食べているだけの時間は僕にはない。とりあえずヨーグルトだけ食べて、歯ブラシして向かおう。
「うわ、寝癖立ってる。まぁいいや」
僕は歯ブラシをしながら、なぜかだるそうな目を、鏡と見つめ合っていた。
「いってきまーす」
極細の声でそのセリフを言った。多分誰にも聞こえていない。
僕はドアを開けて、外に出た。
「あ、来ちゃった」
ドアの先には、いつものように、栞凛が立っていた。栞凛は何かをポッケにしまったような素振りを見せて、僕を向いた。⋯⋯それも、ニコニコの笑顔で。
「ふんふふーんっ!」
いつもより、なぜか機嫌が良さそうな顔で、スキップしながら近づいてきた。
「だーいーきーくんっ!」
何かを乞うような目で僕を見つめてくる栞凛。そんなことしても、何も出てこないし。
僕はそんな栞凛を半分無視しながら歩き始めた。
「ちょっと!? なんで無視するの!?」
朝から元気だなぁ、と思いつつ、僕は栞凛の方を見た。
「⋯⋯ん? 別に」
「なにそれ!? もーっ! 知らないっ!」
栞凛は僕から顔をそむけてみせた。
「⋯⋯うん。じゃあね」
少し肩を落とすような素振りをしてみせながら、僕は学校へ向かった。
――後ろからついてくる、ドタドタとしたような足音なんて、一切気にせず。
******
「ね、ねぇ、だーくん⋯⋯」
隣の席から、すごく久々に話しかけられた。宮下さんだ。
「ん? 何か?」
僕はその声のする方なんて見向きもせず聞いた。
「⋯⋯」
宮下さんは、何もしゃべらなかった。それどころか、少し震えて、何かにおびえているようだった。
「⋯⋯あ、あっ」
それだけ言い残して、宮下さんは席を立ち上がり、逃げるように教室を飛び出していった。
「ふんっ!」
僕の後ろから、鼻を鳴らすような音が聞こえた。
僕は後ろを振り返ると、そこには栞凛がそびえるように立っていた。
「大輝くんは、私だけのものなんだからねっ!」
栞凛は、勝ち誇ったような目をしながら、そう力強く言った。
「誰にも、譲らないから。⋯⋯絶対」
「⋯⋯あ、う、うん」
どう返していいのかわからず、僕はとりあえず適当に返事をした。
******
「ねぇ、大輝くん⋯⋯」
栞凛は、少し弱ったような口調で下から覗いてくる。
「今日さ、時間って、あるかな⋯⋯?」
う〜ん、あると言えばある、ないと言えばない。
「⋯⋯ま、まぁ?」
勉強しないとなぁ、もう、受験だし。
「今日さ、お出かけ行かない? あ、週末でもいいんだよ?」
「ま、まぁ、嫌、ではないけど⋯⋯」
僕が本音をボソリとつぶやくと、それの倍以上の声量で返事が返ってきた。
「ほんとにっ!? じゃあ、どっちも、デートしようねっ!」
⋯⋯うわぁ、唐突なお誘いかぁ。もう、デートでいいや。
「⋯⋯うん」
「よしっ! デート、楽しみだなぁっ⋯⋯って、そうじゃなくてっ!」
そうじゃない? うーんと、何が違うんだ?
僕が首をかしげていると、その答えはすぐに飛んできた。
「今日、何の日か知ってる!? 知ってるよねっ!?」
と、栞凛は僕に詰めるように聞いてくる。
⋯⋯今日、かぁ。




