第65話 ご主人様♡
「口を開けてください? ご主人様♡」
そのメイドは、卵焼きを持った箸を構えながら言う。
「自分で食べるから」
「ご主人様ったら、恥ずかしがり屋さん♡」
僕は栞凛――メイドが持っている箸を、強引に奪い取ろうとした。こうでもしないと、僕がおかしくなってしまう、そんな気がしていた。さすがにそんな姿を栞凛に見せでもしたら⋯⋯たまったもんじゃない。
「早く箸をぉ⋯⋯」
僕が箸を奪おうとしながら、文句を言うと、狙ったかのように卵焼きが口に突っ込まれた。
⋯⋯なにこれぇ。お、おいしい⋯⋯。口の中で、なんか溶けていくような⋯⋯じゃなくて!
「無理やり突っ込まないで。詰まっちゃう」
「あ、あははっ」
僕がそう文句を言っても、ずっとケラケラ笑っているメイド。なんとも失礼だな。
「メイドとして、それはどうなんですか?」
僕は一応聞いてみる。多分、最低限のマナーぐらいは、守らなきゃいけないだろうから。
「はっ!」
そのメイドはハッとして、急に笑いを止めた。止めたあとも、微妙な笑いが表情からこぼれ出ていた。
「さて、次ですね? ご主人様♡」
この、栞凛め⋯⋯。もう、絶対気持ちよくなってるだろ⋯⋯。
「ご主人様、口を開けてください?」
小首をかしげながら、あざとく言ってみせる。
僕の口は、手強かった。
「⋯⋯」
無言で首を振った。もちろん、さっきのことから、ちゃんと学習したもので。
「あ、1人じゃ口も開けられない子なのね! なら、こっちにおいで?」
僕を煽るように言うメイド。もう、この態度はそんな許されるわけがねぇ。
「⋯⋯開けれるし」
僕は顔をそむけて、不機嫌そうに振る舞った。
「ご主人様♡ ごめんなさい? ほら、謝ったから、こっち向いて?」
「謝ればいいってものじゃ⋯⋯」
「よし! いい子いい子!」
と、ニコニコの笑顔で僕の頭をなでなでしてくる。力技で向かせただけなのに。
「いい子は、口を開けてください?」
メイドは、小さな唐揚げを箸で持っていた。
「はい! あ〜ん」
ゆっくりと僕の口へ近づけてくる。そんなメイドに、僕は観念し、口を開いた。
「あーん」
そのとき、自然とメイドの指が僕の唇に触れた。その指は、わざとかってぐらい、ずっと触れていた。
それと同時に、僕の頭に、すごい勢いで血が上っている感触を覚えた。僕の心臓からも、大きな鼓動を感じる。その大きな鼓動は、時間が立つにつれ、段々と早くなっている気がした。
「お気に召されましたか? ご主人様♡」
いたずらっぽく笑っているそのメイドは、どんな答えを求めているのかな⋯⋯。
僕の胸の高鳴りは、収まるところを知らない。それどころか、さらに早くなっている。
「⋯⋯美味しかった」
僕は、不器用な笑みを浮かべながら、1番シンプルに返した。
「よかったです、ご主人様♡」
メイド――栞凛は満足したようにうなずくと、僕を立ち上がらせた。
「⋯⋯あ、あのさ、大輝、くん」
「ん? 何か、あった?」
栞凛の頬は茹で上がったタコかのように、耳まで赤くなっていた。
「両手、広げて?」
栞凛は、何かをたくらんでいそうな笑みで、僕に話しかけた。
僕はとりあえず両手を広げる。
「うん! 偉い子!」
そう言いながら、栞凛は僕の胸に飛び込んできた。
顔を赤くしながら僕は抱き返した。栞凛の脈動すらも聞こえるほど、近づいていた。
「大輝、くん⋯⋯」




