第62話 そういうとこ
「だ、大輝、くんっ」
僕が昇降口を出ようとしたところで、声をかけられる。
僕は後ろを振り向きながら、返事をした。
「ん? 何?」
すごくそっけない言い方だと思う。ただ、今の栞凛には、これくらいが十分なんだろう。
「なんで、逃げるのっ⋯⋯」
栞凛は今もゆっくり歩きながら、立ち止まった僕へ近づいてくる。
「⋯⋯逃げたのは、そっちじゃ⋯⋯?」
なんなら追いかけた、まである。なぜか最近、栞凛は僕から逃げるのだ。
「だ、だって。どうせ――」
栞凛は、何か言いたげな表情だったが、言葉が詰まったらしい。
ゆっくり歩いてきた栞凛は、ようやく僕に追いついた。
「行くよ。みんなが待ってる」
栞凛は小さく頷いた。
「ね、ねぇ? ちょっと、お願い⋯⋯」
栞凛は、僕におねだりをしてきた。
「ん? 何?」
「⋯⋯じゃあ、もらうね」
栞凛は、いたずらっぽい笑みを浮かべながら、僕の手をさらっていった。
指同士を絡め合うように手を繋ぐと、栞凛は少しうれしそうだった。
「⋯⋯久しぶり。大輝、くん」
栞凛は、かすれたその声で僕に言った。少し、頬を赤らめながら。
「久しぶりって、別に昨日も会ったじゃん」
昨日も、一昨日も。平日はほぼ毎日会っている。なのに、久しぶり⋯⋯?
「そういうことじゃ、なくて、さ?」
栞凛は何か言いたげな雰囲気だったが、ぐっとこらえたらしい。言葉通り、ゴクッと言葉を飲み込んだ。
「何か、違う?」
僕には、わからない。わからないけど、それなりに、考えようとした。
「⋯⋯やっぱり、変わらないね。大輝くんは」
少し名残惜しそうに、だけど、どこか嬉しそうに、そう呟いた。
「変わらない、って、何が?」
「⋯⋯ふふっ。そういうとこ、だよ?」
あたふたしている僕を見てか、栞凛はクスッと笑った。
――なんか、この笑顔、すごく久しぶりな気が、する⋯⋯。
******
「ただいまーっ!」
栞凛はそう言いながら、教室の扉をガラガラと開いた。
「おーっ! どう? あった?」
「うん! これでしょ?」
「おーっ! サンキュ」
いつもの栞凛に戻れたみたいで、よかったよかった。
僕が一安心していると、刺客が現れる。
「ねぇだーく――」
「大輝くんっ! ちょっとこっち来てー!」
栞凛は宮下さんの呼びかけを遮るように、言った。僕はされるがまま手を握られ、栞凛に引っ張られた。
「あぁっ」
少し悲しそうな宮下さんの声が聞こえるが、栞凛はそんなの無視。
「ちょっと手伝ってほしいんだっ!」
「んあ、まぁ、いいけど⋯⋯」
「よしっ!」
僕は色々と手伝わされた。ま、機嫌が戻ったみたいだし、よかった。
******
待ちわびた完全下校時刻が、ようやく訪れた。長かったよ、ここまで。
「大輝くんっ! 速く行くよ!」
「え、なん――」
僕が答える隙もくれずに、栞凛は僕の腕を引っ張っていく。
栞凛は、まるで誰かから逃げるかのように、学校を出ていく。
「もう大丈夫!」
「大丈夫って⋯⋯。何をそんな急いでるの?」
無理やり走らされて、こっちはもうへとへとだよ。そんな、僕を雑に扱わないでくれ。
「ん? 大輝くんには、関係ないのっ!」
栞凛は白々しい笑みを浮かべていた。何かを計画でも、していたのか?
「――これは、乙女たちの、戦争だから」
急に声のトーンを低くして言う。宣戦布告でもしてんのか、こいつは。
「さっ! そろそろ行くよっ! 追手が来ちゃうかもしれないしねっ!」
栞凛はそう言いながら、僕の手を奪い、手を絡めた。恋人繋ぎと言ったっけかな。
そのときの栞凛の笑顔は、これまででは、多分見れなかった、そんな笑顔だった。




