第56話 乙女たちの気持ち
(なんで小春ちゃんも居残りなの!? せっかく2人きりだったのにー!)
私は小春ちゃんの背中を睨みつけた。あの背中が、実に憎たらしい。
「おい、ちゃんとやれよ?」
「⋯⋯だって、大輝くん、どっか行っちゃうんだもん」
私は、人さし指と人さし指のさきっちょ同士を、何度もぶつけ合った。
「すみません、ここ、教えてくれませんか?」
憎たらしい、恨むべき者が、私の大輝くんに、いつのまにか近づいていた。
「ん? いいよ」
私と小春ちゃんのときの態度が違うのは、なんでなんだろう。私のときは、あんなめんどくさそうだったのに。
「ありがとうございます!」
丁寧に頭まで下げちゃって。アピールがわかりやすすぎるのよ。
私は、白紙のワークを無視して、あの2人の背中を見る。
「ここはこうで⋯⋯」
大輝くんの横顔が、すごくかっこいい。
大輝くん、整えたらいい顔なのになー。もったいない⋯⋯。
「わかりやすいですね! あ、ここもいいですか?」
私はずっと、大輝くんの横顔を見つめる。やっぱり、かっこいい。
「あ、うん」
メガネなんか外して、髪の毛も整えれば、もーっと、かっこよくなるのになぁ。
私は、それが悔しい。
――ん? あ、でもいいや。だってそうしちゃうと、大輝くんのかっこよさがバレちゃう!
「どう? わかる?」
「うーん、もう一度お願いします」
私は、真面目に勉強をしてる2人の前を、堂々と通り過ぎた。
「トイレトイレ〜」
そういう名目で席を立った。
「⋯⋯はい。あー、ちょっとわかってきました――」
顔を赤くしちゃって。沸騰しそうじゃん、もう。
小春ちゃんは、耳まで赤色に染めて、大輝くんの顔とワークを交互に見ていた。
私なら、ずっと見るのに。小賢しいなぁ。
「⋯⋯はぁ」
私の口からは、思わずため息が漏れた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
(どうにか、時間稼がなきゃ。栞凛ちゃんに、取られちゃう)
私の頭は、目の前の徳村くんでいっぱいだった。
「やっぱり、徳村くんの説明、わかりやすいですね」
私は適当に言葉を並べて、どうにか大輝くんを引き止めた。
「ねぇ、急に悪いけどさ⋯⋯」
本当に、こんなこと言っていいのかな? 私、この世からいなくならないよね?
「あだ名とかでさ、呼んでも、いい?」
そんな私の質問に、徳村くんは意外と悩んでくれた。多分、真面目に考えてくれてるんだよね。
「そうだな。そっちのほうが、親しいし、何より呼びやすい」
「⋯⋯うん!」
私は、嬉しかった。大輝くんに、こんなこと言ってもらえるなんて。
「じゃあ、『だーくん』とか?」
「いや、なら『だー』でいいだろ。そっちのほうが効率いいし」
確かにそうかもよ? どうしてさ、私の気持ちに気づかないのっ!?
「そうだけどっ! いいのっ! 『だーくん』ね?」
「⋯⋯まぁいいや」
よかった。だーくん、諦めてくれたみたい。――って、これじゃあ私がやらせたみたいじゃん!
「で、どう? 解けそう?」
「うん。大丈夫。あ、でもこの問題がさ――」
「大輝くんっ! 教えて!」
さっきトイレに行ったばっかのはずの栞凛ちゃんが、もう戻ってきた。こもってくれてよかったのに。
「はぁ⋯⋯。どこ?」
今、ため息した? そんなに私と離れるのが嫌なのかな?
「えっと、まずここっ!」
私は、離れていくだーくんの背中を、静かに見つめていた。遠くないはずなのに、なぜか、ものすごく遠く感じてしまう。




