第51話 雪崩起きる、それ
「写すな。聞け」
栞凛は僕のノートを奪おうと、何度も挑んでくる。
僕はそれを華麗に避けるだけだった。
「もーっ、すばしっこいんだからあ!」
「足は僕より速いでしょ」
「あのねえ、速いと言ってもねえ?」
だからなんだ。事実は事実だろ。こいつはわけわからん。
「これ足使ってないし」
「⋯⋯」
(確かに。いやでも、運動神経は、ねえ?)
「運動神経僕のほうが悪いし」
「で、こんなことしてる場合じゃないんだよ!」
いや、こいつから始めたのに、何きれいに収めようとしてんねん。まあいいか。
「で、何の宿題が残ってんだ?」
「⋯⋯えーっと、えーっと、ねえ」
まさか、全部とは言わないよな? さすがに厳しいぞ、全部は。
「ぜ、ぜ⋯⋯ぜん、ぶ」
「⋯⋯」
「⋯⋯」
(は? 全部て、え? 全部って言ったよな、こいつ)
僕の聞き間違いでなければ、それが正しい。はずだ。
僕はその言葉を鼓膜から無理やり弾き出して、小首をかしげた。
「全部、なわけないよな?」
「⋯⋯うーん、と、えっと⋯⋯」
僕が多少の圧をかけてそう言うと、栞凛はもじもじしだした。
「あの、ね? 言いにくいんだけどね?」
栞凛はなぜか僕にかしこまって、もう一度言ってきた。
「全部、終わってないんです!」
いやだ。そんな、そんな単語は聞きたくなかったよ。
僕はわかりやすいため息をつき、栞凛を椅子に座らせた。
「宿題は、とりあえずワークだ。やれ」
「⋯⋯ワーク⋯⋯」
なぜか、少し無言になった栞凛。
すると、4つん這いになり、色々探し始めた。
「えっと、ここだっけな〜」
栞凛は何もないただの床をずっと見渡している。
無駄やん。なんやその行動は。
「えっと、どこ、だっけ」
「⋯⋯」
(まさか、ワークをなく、した? いやいや、いくらこいつでも、そんな、あるはず⋯⋯)
僕は「ない」とは言い切れなかった。
すると、栞凛が4つん這いになりながら、うるうるとした目でこちらに迫ってきた。
(待て、こっちへ来るな。来るなよ⋯⋯)
僕のそんな願いも虚しく、栞凛は僕の目の前で止まった。
「どうか、助けてください⋯⋯」
と、栞凛は僕と目を合わせようとせず、ずっとどこかを見ている。栞凛の視線の先にあるのは何かと、僕は視線を辿ってみた。
「まさか、あの、中⋯⋯?」
僕は小さく、空気の混じった声でつぶやいた。視線の先にはもちろん、開けたら雪崩が襲ってきそうなクローゼットがあった。
「え、えへへ〜」
ほんの少し申し訳なさそうにする栞凛だった。
「開ければいいんじゃない?」
僕はそんな栞凛に、いたずらっぽい笑みを浮かべながら言った。
「じゃあ手伝ってよ!」
「え、僕?」
僕は首を左右に振り、周りを見渡してみた。
「誰もいないでしょ?」
「いるやん」
栞凛を指差しながら、僕は言った。
「私と大輝くん以外にだよっ!」
『ペチン』と、僕は叩かれた。
(痛いな〜。でも、いい音だったか?)
なんか、すごく、いい音だった。気持ちいいぐらいには。
「ほら、手伝って!」
そのとき、栞凛のお腹から音が鳴った。
「お腹すいたの?」
僕が少し煽るように聞くと、頬を赤らめていた。
「ふんっ!」
栞凛は唇をとんがらせながら、そっぽを向いた。
「私の家庭にも、馴染ませてやるんだからっ! ちょっと待っててよねっ!」
栞凛はそう言いながら、『ドンッ』と壁にぶつかっていた。
「そう焦るから、押すと引くを間違えるんだよ」
「もーっ! 怒った! 絶対に、認めさせるんだからあああああああああああ!」




