第44話 軽々しい嘘
「じゃあ〜、ちょっと手伝ってくる〜!」
「⋯⋯」
僕は、何も答えなかった。止めもしなかった。
「⋯⋯?」
栞凛は、こっちを振り返りながらリビングを出ていこうとしている。
「いいの? 止めないの?」
「⋯⋯」
僕の口が、開くことを許さなかった。許せなかった。
「行っちゃうからね?」
「⋯⋯」
言葉が、出ない。喉を、通ろうとしない。
「沈黙⋯⋯じゃあ、いいってことだね!」
栞凛はそう言いながら、僕に確認をするようにリビングを出ていった。
「なんで、なんだろ」
なぜか、拒否しきれない。なんか、脳に止められている、そんな気がする。
僕はその場に立ちすくんだ。
「大輝! これ、冷蔵庫入れてちょうだい!」
玄関の扉を開けた音とともに、母親がそう言っていた。
「は〜い!」
それに、栞凛が返事をした。僕は何もしてないからね?
「ちょっと大輝! 来なさい!」
栞凛がそこにいるじゃないすか。そいつじゃだめ?
「え? うん」
僕は急いで手を流し、泡をとった。
その後、駆け足で玄関に向かった。
「大輝、彼女さんに手伝わせるんじゃないよ」
思考が停止した。
ん? 彼女? 彼女なんて、まだいないけど?
「⋯⋯あ、あー⋯⋯」
腫れてるような赤い顔と目が合った。
「かのじょさん、だってよ?」
完全に勝った気でいるだろこいつ。さすがに勘違いが過ぎている。
栞凛と僕の間には、少し、時間に空白が訪れた。
「⋯⋯」
「⋯⋯」
しばらくの沈黙の後、僕が口を開いた。
「あっそ」
そっけない返事だった。ただ、これ以外に、返す言葉が見当たらなかった。
「なにその返事。つまんな〜」
「ふーん」
だからなんや。別に返事に面白みなんていらんやろ。芸能人じゃあるまいし。
こいつの思考、本当に理解できない。僕とは違う世界線で生きているだろ、もう。
「せっかくの夏休みなんだから、遊びにでも行ってきたら?」
「いいねー! 行こ〜!」
僕の母親の提案に、すぐに便乗しやがるぞ、こいつ。
「大輝、彼女さんのお母さんにはもう話したの?」
「はな、してはないんじゃ⋯⋯」
話しては、ない。向こうが勝手に勘違いしただけで、僕はなにも言ってない。
僕の空気のような声の直後、鼓膜を震わせるような声が聞こえた。
「大丈夫! もう話したから!」
「あらそう? ならいいけど」
こいつ、嘘つきすぎるよ、マジで。⋯⋯嘘ではないのか?
「遊園地でも行ってくればいいんじゃなあい?」
母親は天女のような笑みで、栞凛に提案している。その笑顔は、僕には悪魔のような笑顔にしか見えないが。
「じゃあ、連れて行ってあげるわよ」
「いやいや、いいから! はい、どっか行って!」
僕は母親を無理やり家の中に押し込もうとした。
「ちゃんと運動してる?」
母親は、心配そうな顔をしてこっちを見てくる。
いやしてないけどね?
「してないよ?」
「運動しなさいよ。あんた非力すぎるわよ」
それはね、すごく自覚ある。なんか、握力ダメダメだった気がするもん。
「ねえ、私さ、お小遣いさ、大輝くんのために使っちゃって〜」
⋯⋯? ⋯⋯!? いやいや、どういうことやねん。僕、一切使われた記憶ないんだけど!?
「あらそうなの? じゃあ、おばさんがお小遣いあげるわよ」
「やった〜! ありがとう〜!」
マジで軽々嘘つくなこいつ。ヤバすぎだよ。
「さ、乗って乗って」
僕は車の後部座席に押し込められた。その後に栞凛が優雅に乗り込んできた。まるで、僕の逃げ道を封鎖するように。
「行くわよ!」
そう言いながら、母親は車のエンジンをつけた。古臭いような音があたりに響いた。




