第43話 なりすまし
「はやくっ! デート行くよっ!」
少し赤面しながら僕を呼ぶやつがいる。
「デートは行きたくない。お出かけなら」
「男女2人でお出かけしてるだけで、デートなのっ!」
⋯⋯確かに。いや、でも僕は絶対に認めないぞ。
「これはただの友達とのお出かけだよ」
「デートなの! デートったらデートなの!」
もう、訂正するのがめんどくせえ。いいや、もう、うん。
「はいはい」
適当に返事を返した。
こいつにはこれで十分だろう。
「で、どこ行くの?」
食べた食器を片付けながら栞凛に聞いてみた。
「え? それは⋯⋯」
言葉が、止まった。
絶対なにも決めてないやつですやん。
「決めてないよね? その反応」
栞凛は目をそらし、下手くそな口笛まで吹き始めた。下手すぎて、聞き心地が最悪なんだが。
「じゃ、どこにも行かないでいっか」
「ちょ! それは違うじゃん!」
「⋯⋯ほーん?」
そう言いながら、煽るような目で栞凛を見つめてみる。
「いや、あの、さ? この季節、桜とか⋯⋯」
「え? 桜?」
こんな真夏に桜なんて咲くわけがねえ。
「あ、ちが、ちがくて⋯⋯」
めっちゃ戸惑ってるように見える。
目をくるくる回転させている。まさにメリーゴーランド並だ。
「じゃあ、どこなの?」
少し、この状況を楽しんでしまっている僕がいる。いや、気のせい。
「⋯⋯」
「⋯⋯」
無言が続く。
まるで空白が連打されてるようだった。
「え、えっと、あっと⋯⋯」
そのときだった。僕に悲劇が訪れたのは。
『ガチャリ』
扉を開く音がする。僕は洗い物の手を止め、リビングのドアへ目を向ける。
「やば、帰ってきちゃった」
一方栞凛は、待ってましたと言わんばかりの笑顔をかましている。
「ちょ、なにやってんの!? 早く、隠れて」
「んー? そんな必要、ないと思うけどなあ?」
そうこうやりとりをしている間にも、危機の存在はだんだんと近づいてくる。
「大輝ー! 留守番できたー?」
呑気そうな声が玄関から聞こえてくる。
やばい、もう絶対間に合わん。――終わった。
「ふふん! どんな反応するかなあ?」
こいつ、呑気すぎる⋯⋯。小さく折りたたんでやりてえ。
「大輝、いい子にしてた?」
その声とともに、リビングの扉がゆっくり開いた。
「ただいま。勉強は捗った?」
「うん、まあ」
僕の口以外から声が飛んできた。誰か、って、そんなことすんのは1人だけか。
「ならよかったよ」
「うん。ありがと」
こいつ、こいつの喉に言葉を通らせないでほしい。
「あんた、声高くなったねえ」
だろうね。答えてるの僕じゃないですから。
で、うちの母親は、なんで気づかねえんだ? 息子の声を聞き取れないなんて。
「え゛? そ゛う゛か゛な゛あ゛?」
こいつ、極端に声を低くしてるんだが? わかりやすすぎるよ。
「急に低くなりすぎよ」
母親は笑いながら言う。冗談として通さないでもろても?
「ちょっと手伝ってちょうだい」
母親は、一切こっちに視線を送らず、リビングを出ていった。
「はーい!」
元気な返事を返して、母親についていこうとするやつがいる。
「ちょ、なにやってるん?」
僕は栞凛の肩をガシッとつかみ、問い詰めた。
「なりすましって、なに考えてんの?」
「え? だって、将来は、ね?」
なぜか、肩を掴む力が、少しずつ弱くなっていった気がしたよ。うん。
「だから、さ?」
栞凛は肩に乗っている僕の手を盗んでいった。
僕は抵抗しなかった。なんか、手を掴まれるの、慣れた。
「今のうちに、言っておこう⋯⋯かな」
「え? なにを?」
栞凛は僕から目をそらした。まるで、誰かを呼んでいる、ように。




